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バグズ・ノート  作者: 御山 良歩
第三章 百年後の世界
34/79

二十八話 黒曜城

 炎の輪をくぐり抜けた先、そこは平原であった。

 そう平原、何もない平原。ギリギリ視界に入るのは点々と見える木々、そして地平線に見えるほどの平原。

 ついでに言うとしたら、人工物なども全く見えない。

 つまり・・・


『・・・あいつ(アマテラス)・・・座標しくじりやがったな』


 ということだ。

 今の俺の大切な目印である魔水晶の大木も欠片も見えない。百年経ってしまっているが、一応微かに気配はするのでまだ存在しているのだろう。

 しかし、気配は感じるが近いとは言えない、というかむしろ遠い。あれも結構でかかったし、ここから見えないとあるとエレメル村からここはかなり距離が開けているのだろう。魔力感知的にも遠い遠い。

 これは、自分で移動するしかないのか?

 ・・・グダグダ言っていてもしょうがない、過ぎたものは何を言ってもどうにもならない。自分の足で行くとしよう。もう一回神界に戻って座標を設定しなおさせるのも、なんかあれだしな。

 十年ぐらい部屋に引き籠ってたし、いい運動だ。

 そう思い、まず初めの一歩を飛び出そうとし―――ところで止まった。


 後ろの炎の輪・・・どうしよう?


 俺的にはさっさとエレメル村に行きたいから、ここで時間は使いたくない。しかしアマテラスが用意した炎の輪は消える様子はない。

 別に放置という方法もいいのだが、国やら組織に見つかった場合、かなり面倒くさいことになりそうだ。

 何て言ったって、行き先が神の住む場所だからな。事実を知った宗教なんかは大喜びで占領し始めるかもしれない。

 とは言っても、流石住んでいるのが全員神だけあって、みんな常時力を垂れ流し状態、常人が入って生きていられる場所ではない。

 軽めに考えて発狂。重めに考えると魔力許容量オーバーでその場で爆発。最悪の事態は超高濃度による魔力汚染で魔物化。しかもだいたい性質(たち)が悪く、消滅させるのが果てしない面倒くさい奴。

 俺が偶然見かけた時の奴は、『どんな性質や威力や属性のものであっても百万回殴るまで消えない』という果てしなく面倒くさいやつだった。

 あの時は魔物発生の原因である新人の神が泣きながら素手でボッコボコにしていた。うっかり下界に降りたとき門を回収し忘れていたらしい。魔物処理後は、絶望した表情で自分の塔に向かっていったところからして始末書の山が待っていたんだろうな。


 うん、放置できない。


 最初とその次ぐらいならまだ説教ぐらいで済むかもしれないが、最後の最悪の事態に発展した場合、俺も再びあの部屋に幽閉される危険性がある。

 それは何があっても避けたい話だ。あの地獄をもう一度とか、割と本気で泣く。

 そんなわけあって、どうに隠さないといけないんだが・・・。


『・・・どうしようか?』


 動かすのは不可能。というか炎を掴んで動かすとか物理的に無理。

 破壊。なんか不具合が起こりそうな気がするからあんまり気が乗らない。具体的に言うと、神界に帰れなくなるみたいな。俺は別にここに一生いてもいいんだが、あんまり放っておと書類が溜まりそうで怖い。

 何かで覆う。・・・これが一番現実的っぽいな。

 それじゃあ、次は何で炎の門を覆うか決めなきゃいけない。なんでこんなところで詰まってなきゃいけないんだよ全く・・・

 俺は深いため息を一回つき、周囲を見渡す。なにかカモフラージュに使えそうなものはないか、探しているのだ。

 う~ん・・・土か?いやでも、このだだっ広いだけの平原に五メートル近い山らしきものができたらひたすら目立つだろう。周辺の土地の土も全部埋め立ててなだらかな丘っぽくすれば大丈夫かもしれないが、それはさすがに面倒くさすぎるので却下。

 何か別のもの・・・可能なのは建造物か?確かに【限定創造(リミットクリエイト)】があれば、デザインさえ想像すれば一発でできるが・・・それも、目立ちそうだしな・・・

 ・・・そうだ!城を

 城の地下にあたる部分に炎の輪を設定して、階段などを上に集中させる。ついでに死なない程度の軽めの罠も設置する。宝的な何かは置いておかない。

 そうすれば侵入者は城の構造に従い、最上階を目指していくはずだ。つまり、下にはいかない。

 さらに言えば、罠をくぐりぬけて苦労して最上階に到達しても何もないと知れば、最初は大量の人間も集まるだろうが骨折り損と気づけば興味も消え、人々の記憶からも消えていくだろう。

 結果・・・炎の輪は見つからない。

 これは完ぺきな作戦だ。もはや孔明と名乗ってもいいだろう。いや名乗らないけど。

 【限定創造(リミットクリエイト)】を発動するため、頭の中で城の設計図を作成する。

 モチーフは西洋風。

 材料は石・・・だとあんまり面白くないから俺の体の色に合わせ黒曜石でつくる。要所要所に、それなりの装飾ってところで多少の金銀か?ガッカリ感を最大限に表現したいから、なるべく豪華なやつにしないといけない。

 足りない頭で必死に思考し、熟考の末、城の設計図が完成した。

 この間、かかった時間は一時間。うん、素人が簡単に思いついたら、設計士なんて職業はいらないしな。彼らは偉大だ。

 俺は【限定創造(リミットクリエイト)】を発動し、城を生成する。

 体の奥底に渦巻いていた魔力がガリガリ削られるのを感じながら(それでも【過剰燃焼(オーバーヒート)】ですぐに補填される)、黒曜石の城は下のほうから光が集まるように作られていく。

 これは、なかなかに幻想的な光景だ。

 黒曜石の城―――名前は略して『黒曜城』だな―――は、大きさがあったためそれなりの時間はかかったが十分程度で作成できた。

 本来の計画ならばここから罠を設置しに行かなければいけないのだが、正直設計の段階で疲れ切った頭でさらに罠を考えるのは無理だ。

 いちおう【罠師】なんて称号も持っているが、俺がいま思いつくのは即死系(ワイヤートラップ)だけ。これでは流石にレベルが高すぎるというものだろう。


 と、いうことで罠は諦めて守護者に変更。


 【魔力圧縮】で手のひらへ限界まで魔力を圧縮し、【眷属生成】を発動しコアを生成する。

 出来上がったコアは真紅に輝いており、その中心には小さな光がくるくると回転している。これは、眷属の体の元となる物質だ。成分はほぼ俺の魔力、集めた純粋魔力を【眷属生成】で結晶化するとこれが作れる。

 ちなみにだが、純粋魔力を集めるときに【魔力圧縮】を使って限界まで圧縮されているので、その分普通のものより遥かに強力な眷属が生成できるようになっている。例えば同じ巨虫でも『緑鬼小僧(ゴブリン)』を瞬殺できるようになるといえば、その凄さがわかるだろう。シミュレーションでしか試してないから実戦ではどうなるかわからないけど。

 手元の浮かぶコアに、俺は更に【能力付与(スキルエンチャント)】を使用し【影忍び】を付与。真紅に輝いていたコアは徐々に黒く染まっていく、実はコアの時点で【能力付与(スキルエンチャント)】で何らかのスキルを付与すると、エクストラスキルみたいな感じで何らかのスキルがつくことがわかっているのだ。簡単に言うと、普通より強くなる。いいことづくし過ぎて、オーディンから気軽にそんなもん作るなって怒られたけど。

 種族は【全種把握(オールコンプリート)・魔蟲種】により目前に表示されたウインドウから選択、今回最適なのは適度に城を守って罠を作れそうな種族・・・巣を作るってことで蜘蛛でいいか。

 ウインドウに浮かぶ蜘蛛系統の種族の最高位種『八刃夜蜘蛛』を選択して、【眷属生成】で作られたコアを元に体を構成する。

 黒く怪しい光を放つコアはゆっくりと俺の手から離れていき、光を渦巻かせながら器を構成していく。

 数分後、黒の光の渦から現れたのは、夜のような黒を全身に纏い般若のような鬼面を側頭部につけた忍者のような男。

 布のような金属のような不可思議な衣装を纏った男は一見普通の人間に見えるが、背中から飛び出た刃のような鋭い爪のついた八本の脚がそれを否定する。

 まさに蜘蛛男。別に某アメリカンな赤と青の全身タイツヒーローじゃないぞ。

 

「・・・お初にお目にかかるでござる、主様」


 ござる・・・見た目そのもので中身も忍者かよ。まあいいか。


『ああ、わかっているかもしれないが俺の名前はムーだ。これから私の手となり足となり、よろしく頼むぞ』


「承知したでござる。して、某の役割はこの城の警備でござりますか?」


『ふむ・・・警備といったら警備なのだが、そこまで厳重なものでなくていい。適当に人間を通す程度ぐらいにしておいてくれ。必要であったら罠も構わない』

 

「それは・・・主様の城に人間どもをおびき寄せればいいということでござるか?」


 まあ、意味はあってるな。なんかちょっと口元がつり上がったのが気になるが。


『そういうことだ。俺は少し出かける。あとは頼んだぞ』


「いってらっしゃいでござる。主様の御威光、この地にて知らしめてみせるでござる」


 別に知らしめなくてもいいんだが・・・やたらと張り切ってるな。それになんか嫌な予感がするんだが、気のせいだよな?

 おっとそうだ、名前を決めるのを忘れていた。

 蜘蛛の眷属だから・・・アラクネでいいかな?有名どころだし。


『・・・まあ、頑張ってくれ。あとお前の名前は『アラクネ』だ』


 そう告げると、アラクネは驚きの表情を浮かべる。無表情かと思ったけど結構表情豊かだな。


「名を頂けるのでござるか?」


『ああ、呼ぶときに名がないのは不便だからな。それに、他の兄弟につけておいてお前に付けないのはあれだろう』


「・・・名を頂けるとは、恐悦至極。この御恩、我が身にかえても尽くさせていただくでござる」


『そ、そうか。それはありがたいな・・・』


 忠誠度が2上がった!とか出てきそう。眷属であるからには最初っから忠誠心はMAXであるが、今のでそれすら振り切ったきがする。

 やっぱり名前って重要なのか?ベルゼやアゲハやグラスの時も異常に喜んでたし・・・自分を証明するものは大切ってことだな。

 まあ、多少の不安は残るがそこまで重要なものじゃないしアラクネに任せても大丈夫だろう。

 それじゃあ、炎の輪の問題も解決したし、さっさと本来の目的であるエレメル村に向かうとするか。 

 ・・・おっと、一番重要なことを伝えるのを忘れてた。


『最後に、一番下の階だけは人間を通さないでくれ。何があってもだ。もし侵入者が出たのなら全力で排除しろ』


「それは、どのような手を使ってでもいいでござるか?」


『ああ、何を使っても構わん。それだけは阻止しろ、俺から言うことはそれだけだ。俺はしばし出かける、留守は頼んだぞ』


「かしこまりましたでござる、いってらっしゃいませ」


 深々と頭を垂れるアラクネを横目に、俺は全力でエレメル村へと走り出す。



 ここでムーは、気づくべきであった。


 アラクネの種族が『八刃夜蜘蛛』から『八仭夜叉蜘蛛』という新種に変化していることを。


 そして『八仭夜叉蜘蛛』は、ムーの考えていた適当に侵入者をあしらうなどということに全く向かない、全攻撃即死属性というチートモンスターにだということを。


 更に、アラクネに命令した『適当に人間を通す』のどの程度通すかと、通した後の侵入者をどうするか、最後にどこまで(・ ・ ・ ・)通すかを言い忘れていたこと。



 そして最後に・・・今の光景を人間に見られてしまっていたことを。





          *




〈side とある冒険者パーティー〉


「とあっ!」


「ふんっ!」


 橙色の髪の青年が掛け声と共に剣を振り下ろし、深緑色の毛を持つ狼―――『森狼(フォレストウルフ)』を切り裂く。

 銀の剣を振り回す人間の青年の横で、身の丈ほどの大斧を振るうのは分厚い筋肉で全身が覆われている筋骨隆々ドワーフの戦士。

 顎に蓄えられた豊かな白い髭を揺らしながら、木こりのように枝や根を縦横無尽に伸ばす人面樹―――『人食い人面樹ハンターツリー』をなぎ倒していく。

 音を聞きつけ乱入してきた『緑鬼小僧(ゴブリン)』を射抜くのは大空を飛翔する鳥人。

 背に生えた大きな茶翼をはためかせ、全身の力を使い引き絞った剛弓で空から正確に『緑鬼小僧(ゴブリン)』の頭や心臓を射抜いていく。

 血の匂いに釣られ地面から襲いかかる石の外殻を持つミミズ―――『石殻蚯蚓(ストーンワーム)』を切り裂く風の刃を放つのは長い耳と緑の瞳が特徴的なエルフの少女。

 物静かで愛らしい少女の見た目とは裏腹に、放たれる風の刃は一切の躊躇も容赦もなく『石殻蚯蚓(ストーンワーム)』を粉みじんへと変えていく。

 

 見るものを圧巻させるほどの圧倒的な力、そう彼らは世界をまたにかけるギルドの冒険者。

 その中でも最もSSランクに近いと言われる、Sランク冒険者パーティー《銀色の疾風》なのだ。


「ふう、今回はあっさり終わったね」


 銀で装飾された剣をバッと振るって剣についた血をはらっているのは《銀色の疾風》のリーダー、アデル。

 剣技の腕は王国の騎士団長にも劣らぬと言われ、保有するスキル量もそこらの人間とは比較にならないほどの量を誇るという有能な冒険者の一人だ。

 ただその優顔に違わぬお人好しの性格で、困っている人を見つけたら迷わず助けに行ってしまうというのが唯一の欠点である。

 まあその欠点も彼が周りの人間の信頼を勝ち取る要因となっているのだが。


「何があっさりじゃ、報酬も聞かずに飛び出しおって・・・ワシ等の迷惑も考えろ馬鹿者」


 悪態をつきながらも顔に笑みを浮かべるのはドワーフの戦士、ハーバード。

 技術が売りのドワーフでありながら細かい作業が大の苦手であった彼は国を抜け出し、その有り余った体力と筋力をアデルに買われ、このチームに入っている。

 まだ五十歳という若さ(ドワーフの寿命は二百年)でありながら、その姿は実に貫禄のある堂々としたものである。


「それがアデルのいいところじゃないか。自分だって見捨てる気はなかったろ?ハーバード」


 ハーバードの悪態に律儀に返すのは鷹の弓兵、ホープ。

 普通の人間よりも身体能力の高い獣人、その中でも希少な鷹の鳥人である彼は背にある翼を匠に操り空中自由自在に飛びまわりながら、鷹人の特徴でもある千里眼を使って狙撃をしたり、通常では行けない場所を探索したりと斥候としても優秀である。

 もともとはソロで活動していたが、酒場での飲み比べ(ホープは大の酒好き)でアデルに負けたため、飲み比べの賭けであるアデルのチームに加入するという約束を律儀に守り、今も共に行動している。

 ちなみに言うと今でも飲み比べは勝てない。


「・・・・・・そうそう」


 ホープの言葉に賛成するのはエルフの魔術師、レミー。

 この世界の中でも龍人族に次ぐ魔力保有量を誇るもの、エルフ。

 魔導技術にも定評のあるエルフは、身体能力は低いながらも魔術で戦力を補っており、レミーも実力は高いが若干天然、そのためあまりよろしくない類の商人に騙されかけたところをアデルに助けられ、その恩を返すためチームに入っている。

 人間族には淡白なエルフにはらしかぬ、義理堅い性格だ。天然だが。


「ほら、皆もそう思うだろ?それに困っている人を放っておくことなんでできないよ」


 ドヤっとした顔でハーバードへ振り返るアデル。

 彼らは本来はギルドにはいい顔のされない、ギルドを通さない無報酬の依頼を受けているのだ。

 と言ってもそれは非合法で罰せられるものというわけではない。ギルドとしては仲介料を取れないからあくまでいい顔はされないというだけで、その結果の事故などは自己責任となっている。

 

 彼らの依頼主はこの近くにある寂れた村の村長。

 最近この近くで群れにはぐれた『森狼フォレストウルフ』達が巣を作ったらしく、村の大切な収入源である薬草が取ることができず寂れてしまっていたのだ。

 ギルドに依頼すれば直ぐに解決できた話かもしれないが、残念ながらそこは街とはかけ離れた僻地。なんとか村中からかき集めて用意した依頼の報酬も、村に来るまでの移動費よりも少なく、損が出るものとしてギルドに依頼を出せなかったのだ。

 通りがかりの冒険者でもいれば良かったかもしれないが、こんな僻地にわざわざ来るわけがなく半分諦めかけたところにアデル達がやってきたということだ。

 そしてその後は想像通り、いつもどおりのお人好しを発揮したアデルは報酬も聞かず飛び出でしまい、それを追ってハーバード、ホープ、レミーが向かうという展開である。


「はいはいそうじゃな。・・・それにしても『石殻蚯蚓(ストーンワーム)』まで出るのは予想外じゃったな」


「確かに村の人に聞いた限り、ここらへんに出てくるのはせいぜい『緑鬼小僧(ゴブリン)』だったらしいからね。なんか大物でも巣を作ったかな?」


「・・・・・・一応反応はある」


「本当かレミー!?」


「・・・・・・うん、意図して隠しているせいなのか奇妙な魔力の流れが見える。おそらく方向からして亡霊平原」


 その言葉に、レミーを除く全員がゲッとした顔になる。

 それもそのはず、亡霊平原とは常識ある人間ならば絶対に近寄ることなんて考えない世界でも数少ない危険地帯であるのだ。

 それは依頼主の村に人があまり立ち寄らない原因でもある。

 

 森国、王国、皇国にちょうど囲まれるようにある亡霊平原は、太陽が空に浮かんでいる間は比較的安全だが、一度夜になれば生者は立ち寄ることもできなくなる不死種(アンデッド)の巣窟となる。

 原因は地理的条件のため起こってしまった大国による戦争。数々の大戦争の戦場となった亡霊平原は、過去、戦争で死んだ兵士の霊が成仏することなく残ってしまい、負のエネルギーが溜まりに溜まってしまい不死種の巣窟となってしまったのだ。

 通常時に生まれる不死種も薄い布のような姿をした『死霊(ゴースト)』や肉が腐り落ちた白骨死体の『白骨兵士(スケルトンソルジャー)』など低級のものばかりで、夜が明ければ全て浄化されてしまうのだが、たまに生まれてくる『死霊導師(リッチ)』や『首無騎士(デュラハン)』など知能がある高位の不死種が生まれると地下に隠れるなどして日光による浄化を防ぎ、下位の不死種を率いて攻めかかってくることがある。

 不死種の敵は生けとし生きるもの全て、生者を心の底から憎む彼らは必ず襲いかかってくる。

 そのため、一定期間ごとに軍を率いて不死種を掃討しにいくことが大陸条約で定められている。

 だが、今年の担当国は皇国。

 現在、別の事に気を取られてしまっている皇国に、軍を差し向ける余裕はない。


「えっと・・・これは僕たちが行ったほうがいいのかな?」


「そりゃ責任元の皇国が動かねえんだから、ワシらが行くしかねえじゃろ。さっさと皇国も諦めてくれれば助かるんじゃがな・・・」


「まっ、それは無理な話だろうね。もう何万と兵がやられてしまっているのだから」

 

「それで・・・行くの?」


「冒険者的にはちゃんと確認しておかないと危ないからね、踏み込むのは流石に装備が準備できていないからあくまで今回は確認だけ、それでいいかな?」


「「「了解」」」


 こうして《銀色の疾風》は次の依頼?へと向かった。










「・・・・・・ついた」


 レミーの魔術補助も使って通常の倍以上の速度で《銀色の疾風》がたどり着いた場所は、ちょうど森と亡霊平原の境目、ここなら木々に隠れ、逃げることも可能だ。

 万が一にもないと思うが逃げ切れそうになかった場合も、最終手段としてレミーの転移(テレポート)がある。この任務に危険はない。


「それじゃあ、ホープは【千里眼】を発動、探索を開始してくれ」


「了解」


 アデルの言うとおりに鷹の鳥人の特殊スキル【千里眼】を発動する。

 ホープの鋭く光る目が赤く染まり、瞳孔がピントを合わせるように拡大と収縮を開始する。

 数十秒ほどたった時、ホープは一つの異変を見つけた。


「あれは・・・城か?」


「城?なんでそんなものがこんなところに?もうちょっと詳しく見えるか?」


「結構ギリギリなんだがな・・・材質は不明。石じゃないみたいだな、新種の魔法鉱石か?ところどころに見える装飾は金と銀をふんだんに使ったもの・・・」


「・・・もしかして、『吸血鬼(ヴァンパイア)』でも生まれたのか?あいつらは確かそういうの好きだったはずじゃからな。昔ワシが会った奴もそうゆうのが好きだったはずじゃ」


 一人でそうぼやいて納得するハーバードだが、周囲のものは完全に呆れ返っていた。


「よく『吸血鬼(ヴァンパイア)』に遭遇して無事だったね・・・」


「よくわからんが、血が嫌いな吸血鬼らしいぞ。それにワシの血はあんまり旨くなさそうだと言っておったしな」

 

「・・・・・・確かに不味そう」


「レミー・・・それは褒めているのか?」


「そもそも『吸血鬼(ヴァンパイア)』に見逃されることがおかしいんだよ。なんか渡したの?」


「おう、あいつは血は嫌いだが酒は好きみたいでな、一緒に一杯やったもんじゃ」


「酒の話か!?」


「ホープは酒に反応していないで、もうちょっとなにかないか探してくれ」


「・・・・・・・・・・・・・・了解」


 大好きな酒の話に入れてもらえず、傍から見てもとても不満そうな顔で再び城に眼をむけるホープ。

 少々かわいそうかもしれないが、彼の酒話が始まると一時間は終わらない。これは必要悪なのだ。

 再び数分が経った頃、ホープが人影を見つけた。

 城の窓や隙間に注視していた彼は、城と同色のその人影に気づくのが遅れてしまったのだ。

 そう、一部の隙もないぐらい真っ黒な人影に。


「怪しい人影・・・いや人じゃないな。真っ黒な鎧をつけた『戦人馬(ケンタウロス)』みたいな奴がいるぞ。下半身は馬じゃなくて(さそり)だがな」


(さそり)・・・というと『蟲人(インセクター)』か?」


「ああ、だいたいそんな感じみたいだな。・・・レミー、今大丈夫か?」


「・・・・・・どうかしたの?」


「そいつの体に魔術刻印らしきものが刻んであるんだが、俺じゃあわからん。お前確か【視覚共有】のスキル持ってただろ?それ使って見てみてくれ」


「・・・・・・了解」


 ホープに呼ばれた彼女は、ホープの隣にしゃがみこみ、同じ方向を見つめ始める。

 彼女の持つ【視覚共有】は、対象者の見ているものを自分の瞳に移すスキルだ。簡単なように聞こえるかもしれないが、実はこのスキルはとても強力なものである。

 もしも戦闘中に相手の視界と共有できたのならば、どこを狙おうとしているかを瞬時に判断することができる。

 なにせ相手がそれを見て狙いをつけているのだから。相手を見ずに狙いをつけるなど、視覚が発達してしまいすぎた生物にはできない。

 ただ近接戦の場合は敵の視界と自分の視界が混ざりやすく情報が混雑するためあまり勧められるものではない、しかし、もしもそれが可能ならばその人物は最強の戦士となる、そんなスキルなのだ。


 じっとホープの言ったものを観察するレミー、黒の鎧のような外骨格をつけた人影が後ろを振り向いた瞬間、彼女の表情が凍りついた。


「嘘・・・なんで・・・!?」


「どうかし―――」


 普段では滅多に見られないような動揺と焦りの表情に、アデルが不審に思い問いかけるも、その言葉は最後まで紡がれなかった。

 

短縮詠唱(ショートカット)―――【転移(テレポート)】!」


 彼女が、最後の緊急脱出手段である【転移(テレポート)】を発動したのだから。


「おい!ちょっと何を!?」


「黙ってて!!」


 今まででは考えられないような緊迫した表情とヒステリックな大声に、その場にいる全員が怯む。

 龍が襲いかかってきた時でさえも普段通りの表情だった彼女が、ここまで焦り子供のように怯えている。これは異常事態だ。

 それに【転移(テレポート)】は既に発動してしまっている、ここは流れに乗ったほうがいいと全員が判断した。


 命溢れた森の中から、最後に立ち寄ったギルド内へ転移する。

 突如現れた集団にギルド内は一時騒然となり、その集団が《銀色の疾風》であると知り更に騒然となる。

 それもそのはず、ギルドトップランクの冒険者パーティーが転移で逃げ帰ってきたのだ。何が起こったのか、気にならないものはいないだろう。

 

「ど、どうしたんですか!?」


「すまない、少々不測の事態が起きてな。奥の部屋を貸してくれないか?」


「は、はい!どうぞこちらに!」


 カウンターから素早く飛び出してきた受付嬢は、憧れとでもいうべき冒険者の頼みを断るという選択肢はなかった。本来奥の部屋は重要会議や聞かれてはいけないギルドの会合のために使うものであって、ギルド長の許可が無ければ立ち入ることはできないのだが、案内をした受付嬢がそれを完全に忘れていて後で罰を受けるのは余談である。

 まあもっとも、Sランクパーティーが逃げ帰ってくる事は十分緊急で重要なものなのかもしれないが。

 アデルは【転移(テレポート)】を使ったことで魔力欠乏症になりかけているレミーを背負い、奥の部屋に歩いていく。

 嫌な予感がすることを心の中で彼は感じていた。








「・・・大丈夫か?レミー」


「・・・・・・うん、心配掛けてごめんね」


 魔力水(魔力が解けた水。一気に飲むと中毒になるので取扱いには注意がいる)を少しずつ飲ませ、数時間経過した頃、やっとレミーが目を覚ました。

 滅多に使わない緊急手段を使用したため、現在も若干衰弱が見られるが彼女は根性で起き上がった。

 本当はまだ泥のように寝ていたかったレミーだが、それよりも自分の見たものの報告を優先したのだ。 


「それで、一体何が書いてあったんじゃ?あそこまで慌てるお前さんを見たのはワシは初めてじゃぞ」


「・・・・・・ごめんなさい」


「い、いや怒ってるわけじゃないから!何が書いてあったのか教えてくれるかい?」


「・・・・・・・・・【天剣語】って知ってる?」


 天井をしばらく眺めていた彼女は、ポツリポツリと思い出すように話し始めたものは、子供でも知っているぐらい有名なお伽話であった。 


「ああ、子供の時よく聞かされた、古いお伽話だろ?内容は確か・・・」


「・・・・・・今のように種族に分かれて争いをしていた頃、ありとあらゆる憎悪が一か所に集まって魔王が生まれた」


「・・・・・・魔王はありとあらゆる憎悪の結晶、故にこの世界にいる全ての種族が敵であり、世界の全てが憎しみの対象であった」


「・・・・・・最初の頃は大陸中の国が手を合わせ、魔王を滅ぼそうとしたのだが、魔王の力は強大、それに常日頃から敵同士であった国は助け合いではなく足の引っ張り合いしかしておらず、いくつもの国が消えていった」


「今改めて聞くと、ひどい話じゃな」


「・・・・・・大陸の八割強が魔王の支配下おかれ、皆が滅亡かと諦めかけた時、空から一人の青年が降りてきた」


「・・・・・・彼は自らを勇者と名乗り、圧倒的なカリスマでまだ生き残っていた国を統率し、魔王への反撃を開始した」


「・・・・・・戦士としても魔術師としても優秀であった彼は強く残るは魔王城のみとなっていた。しかし、いくら強くても魔王には届かなかった」


「そこで、出てくるんだよね?」


「そう・・・・・・生き残っていた種族はそれぞれ力を合わせ、勇者のために一本の剣を作った」


「・・・・・・代々獣人の長が守護してきた伝説の大木―――《世界樹》、龍人が魔王に奪われないよう守ってきた奇跡の結晶―――《高位元素結晶》を素材とし、ドワーフの名匠が十日十晩一切の休みなく鍛え上げ、エルフの賢者が自らの命を代償とした魔術刻印を刻んだ剣―――《天剣》」


「・・・・・・全ての期待と命を背負った勇者は激闘の末、天剣で魔王の心臓を貫き、二度と魔王が目覚めることのないよう自らの存在を代償とした封印を施し、戦いは終わった」


「・・・・・・人々は自らの愚かさを悔み、犠牲になったもののために平和な世界をつくることを誓った・・・」


「大体そんな感じじゃったな。まあ、天剣が今も見つかることなく、天剣の材料として使われたという《高位元素結晶》も《世界樹》も存在が確認されず、ドワーフの名匠とエルフの賢者も名前もわからないことから、本当にあった出来事なのか疑わしく思われておるがの」


「そうそう、みんながみんな勝手に解釈して作るもんだから、どれが原典かわからなくなってるもんね。レミーが言った奴が一番有名だからそれが原典だって言われてるけど。いや~それにしても懐かしいなあ・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 懐かしそうに語るハーバードとアデルだが、ホープの顔色はあまりよくない。

 今、何故わざわざレミーがそんな御伽話を話したのか、その意味を察したのだ。

 半信半疑、それもできれば信じたくない方向に仮説は出来上がっていき、耐え切れずホープはレミーに問いかける。


「・・・まさか、あの『蟲人(インセクター)』がその魔王なのか?」


「・・・・・・違う」


 返ってきたのは否定の言葉、不覚にもホープはその言葉に安心し


「・・・・・・そんな魔王なんて小さな(・ ・ ・ ・)レベルじゃない」


 次の言葉に絶句した。

 無理もないだろう。レミーは今、小さいと言ったのだ。

 大陸の大部分が命なき滅びの大地へと変わり果て、全ての種族が滅びかけた災厄を。

 その悲劇が、小さいと!

 

「うん?どういう意味なんだ?」


 アデルはよく理解できなかったようだが。


「わからないのか?今、レミーはお伽話で起きた出来事が小さいと言ったんだ。つまり、あの時に俺が見つけた奴はその災厄が小さく見えるほどの災いをもたらすということだぞ!?」


「落ち着くんじゃ、ホープ。焦ってもどうにもならん。・・・レミー、何の根拠があってそんな突飛な話が出てきたんじゃ?」


「・・・・・・天剣語で書かれている一文、エルフの賢者が剣に刻み込んだ禁呪。どんなものか知ってる?」


「いや、僕はそこまで詳しく調べてないから・・・」


「ワシもじゃ」


「俺もだ」


 皆が知らないというのに少し寂しさを感じながら、レミーはため息を一回ついた。


「・・・・・・はあ・・・エルフの賢者が刻み込んだ禁呪の内容は、対象の魔力の吸収及び消滅。魔王の存在はあらゆる悪意によって構成されている、つまりこの世界に存在する生物が無意識に発してしまう魔力が集まってできたもの、だから天剣は魔王にとって最悪の武器だった」


「なるほどのう・・・つまり、察するところあの『蟲人(インセクター)』にはその禁呪が刻まれておったということか?」


「レミーが怯えていたのはそれを見たせいか。まあ、そんなものを自分の体に刻みこんでる奴なんて確かに怖いもの、しょうがないね」


 うんうんと二人納得したように頷くハーバードとアデルだが、レミーの顔色は芳しくない。

 それどころか、どんどん顔色は青ざめていき、徐々に震え始めた。


「お、おい、大丈夫か?まだ寝てたほうがいいんじゃ・・・」


「・・・・・・もう少しだけ待って、ホープ・・・ハーバード、あなたの答えは半分正解で半分間違い」


「おっ?もしかして、禁呪じゃなかったのか?」


「・・・・・・禁呪なんて、そんな低レベルなものじゃない。あの化け物の体に刻みこまれていたのは、魔王の封印のために使われた禁呪よりも遥かに強力なものが、まるで絵画のように大量に刻み込まれてあった・・・!」


 震える体を抱えるように腕を組み、全身から絞り出すようにレミーは言葉を紡ぐ。

 その光景に、誰も声を出すことはできなかった。 


「・・・・・・おそらくあの魔術刻印の意味は自分の力を外部から抑えるため・・・あれだけ強力な封印を全身に刻みこんでやっと抑えきれる力なんて、私には見当もつかない・・・それに、胸の中心に書かれている封印は私にも解けなかった・・・あの複雑な配置と不可解な文法はおそらく神呪語・・・神がその力を封印したもの・・・あれは正真正銘本物の魔王、いや―――」















「―――――――――――――魔神」


 小さく震えるその声は、いやに部屋に響き渡った。

タイトルですが、たくさんのご意見ありがとうございました。


もう変えておきましたが、これからは『あぁ、無表情。』様の案の【バグズ・ライフ】で行きたいと思います。



ガンバれ!センチネル様

Old soldier"T"様

最上 誠様

えいきゅうの変人様


ご意見、ありがとうございました。



追記

すいません、『L+F』様からの意見でちょっとヤバそう(というか怖い)ので、えいきゅうの変人様の【バグズ・ノート】に変更しました。


あぁ、無表情。様、申し訳ございませんでした。


訂正

・シュミレーション→シミュレーション

・アラクネの語尾にござる追加

・エーテル→高位元素

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