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バグズ・ノート  作者: 御山 良歩
第二章 エレメル村
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二十六話 旅立ち

 戦いは直ぐに終結した。

 ・・・もちろん俺の手によってだが。


「「・・・・・・・・・ッ!!!!!」」


 目の前で、のたうちまわる二人。

 とても痛そうに頭を抱えながら、グルングルンと転がりまくっている。そしてその目にはきらりと光る涙。

 俺は、そっとその痛々しい光景から目をそらして、その悲劇を生みだした元凶へと目を向ける。

 俺の手に収まるひとつの武器。

 多層式ので折り重なるようにたたまれた刃。

 しかしその刃は平たく、鈍器といってもいいレベル。

 そして、光り輝く純白の刀身。

 それを人はこう呼ぶ・・・


―――ハリセン、と。


 正式名称は、【痛剣《沈黙と絶叫の申し子(クライエット)》】

 もろハリセンだが、効果は絶大。最終兵器と言っても過言ではないレベルだ。


 その効果は、とっても単純―――痛覚へのダイレクトダメージだ。


 主神格を入手時に手に入れたスキル【限定創造】。

 限定とはついているが、そこまで厳格なものではない。制限されるのは、生物を創ることのみだ。

 生物を創ることはどうやってもできないが、他のもの・・・例えばスキルは創ることはできる。

 俺が即興で創ったのは、【痛覚操作】と【激痛付与】だ。

 そして、【最上位魂魄武具生成】により器となるハリセンを生成。(この時点で、既に神器レベル)

 【能力付与(スキルエンチャント)】で、新しく創った【痛覚操作】と【激痛付与】を付与。

 それで力いっぱいオーディンとアマテラスの頭を叩いた結果がこれだ。

 ちなみに、【激痛付与】はその名の通り相手に死にたくなるほどの痛みを付与するスキルで、【痛覚操作】によってその痛みを調節するといった感じだ。


 しかし、スキルの開発は初めての俺。見事に設定が狂っていた。


 中途半端な想像による設定のせいで、【痛覚操作】の操れる範囲が大小ではなく激大と極大になってしまった。

 激大のほうは、思わず絶叫してしまうレベルの痛みが叩いた場所を襲い、極大になるとあまりの激痛に叫ぶことすらなく沈黙する。下手すりゃショック死レベルだ。

 そして俺はうるさいのは嫌だったので、沈黙にしてしまった。その結果が、現在の状況となる。

 

 しばらくのたうちまわっていた二人だが、五分ほどたったところでようやく動きが止まった。

 どうやら、威力をあげすぎたせいで効果時間はそれほどではないみたいだ。

 これは、要研究・・・しなくてもいいか。こんな物騒なスキルを創る気はもうない。

 ゾンビのように立ち上がる二人、転がりまわっていたせいで服は砂だらけ。涙のせいか、アマテラスのほうは多少化粧が落ちてしまっている。

 まあ、それでも本来の美しさを失わないのは流石主神と言わざる負えない。


「・・・き、きつかったぞてめえ・・・ここまでヤバイと思ったのは・・・ラグナロク以来だぜ・・・こんちきしょー・・・」


「・・・わたしも・・・五千年ぶり・・・スサノオと喧嘩した時ぐらい痛かった・・・」


 アマテラスは、あまりの痛みに語彙がぶれてしまっている。

 そこまでやばかったのかこれ・・・廃棄処分、はできないから封印指定だな。


『・・・すまんな。手加減したつもりだったが・・・』


「「あれで・・・手加減・・・だと・・・!?」」


 なんか戦慄していらっしゃる。多分まだ混乱しているんだろう。

 混乱している人間の対処法は確か・・・。

 俺はもう一度【痛剣《沈黙と絶叫の申し子(クライエット)》】を素振りする。

 握りを確かめながら、震える二人の元へ一言。 


『・・・もう一発いっとくか?』


「「勘弁してください」」

 

 二人の土下座は、見事の一言であった。




          *

 



『で、結局何をしに来たんだ?』

 

 未だ頭をさすり続ける二神に、最もな疑問をぶつける。

 主神が二人も仕事をほっぽり出して来るからには、よほどの用があるんだろう。

 まあ、大体予想はついているんだが。


「まず最初に、お前に対しての謝罪だ。―――うちのバカどもがすまんかったな。いきなり異世界を飛ばしたりして」


 オーディンは、深々と頭を下げる。

 やっぱりか・・・まあ、転生なんてことは神様しかできないだろうからな、

 しかし、ひとつ気になる点が俺にはあった。


『うちのバカどもって?俺をこの世界に転生させたのは、お前じゃないのか?』


「馬鹿を言うな、俺はそんなことはしない。魂一つ移動するだけで世界のバランスが崩れるからな」


「おかげで、あたしの世界では今頃大忙しさ」


 アマテラスはため息をついているが、その忙しい中サボってここに来ているお前もどうかと俺は思う。

 だが口にはしない、怖いからな。


「お前をこちらの世界に連れてきたのは、ロキという名前の神だ。お前も、会ったことはあるだろう?」


『・・・はぁ!?ロキって言えば、俺に加護を与えてくれた神のことか?』


「ああ、そうだ。あいつはかなりの悪戯好きでな、最近退屈していたところお前を見つけて、こちらの世界に送り込んだらしい。他にいたやつらは、共犯者だ」


『らしいって・・・』


「正確なことは本人に問いたださなきゃわからん。ああ、安心しろ。しっかりと罰は受けてもらっている」


 別にそんなことは、微塵も興味がない上に安心できないんだが。


『ちなみに、罰って具体的に言うと?』


「なにもない空間をひたすら見つめ続ける仕事だ。だが、魔術で常に頭は覚醒状態だから寝ることはできない。なあに、退屈なあいつらにはちょうどいい暇つぶしだろう」


 それって、確か刑務所とかで禁止された、心を壊すシステムじゃなかったけ?

 右のバケツから左のバケツに水を移して、それまた逆の左のバケツから右のバケツに水を移す作業を繰り返すみたいな。

 ・・・まあ、でも、罰っていうからにはこれぐらいがちょうどいいんだろうか。

 神様って、恐ろしい。


「そして次の話だが・・・お前を神界に連れてくためだな」


『やっぱりか・・・』


「うすうす感づいてはいたみたいさね。その力は、この世界では重すぎるのさ」


「封印だって、強力なものとは言えあくまで即席のもの。この世界にいたいのなら、もっと本格的な封印をしなくちゃならん。まっ、俺の封印ならば十年は持つだろうけどな」


「神の一生からすれば、あまりにも短い瞬間しか持たないことを自慢してるんじゃないよ。・・・まあ、そういうことさ、大人しくついてきてくれればこちらとしては何もしなくていいんだがね・・・」


 つまり、抵抗すれば容赦がしないということか。

 アマテラスの目は、そう語っていた。

 ・・・俺としては、その提案を受けてもいいと思っている。

 俺の力は、あまりにも強力すぎる。ネロの時は全力と言いながらも、みんなが近くにいたせいでどこか力にストッパーがかかっていた。

 だが、もしもこの力を俺が完全に把握してしまい、更にそれを全力で放った場合、世界を壊しかねない。自分でも自覚できるほどだ。

 そして、俺自身この世界―――みんなが生きた世界を壊すつもりはない。

 

『いいだろう、だが、その代わりに俺の願いを一つ聞いてくれ』


「ふむ・・・いいだろう。神界に連れて行くなとか、そういう願いは無理だが、たいていの願いは叶えてやるさ」


『俺の願いは・・・エレメル村の皆を生き返らせることだ』


「無理だな」


 オーディンはきっぱりした口調で俺の願いを断った。

 

『何故だ!』


「死者の蘇生は世界のバランスを著しく狂わす。まあ、そのバランスを誰かが責任もって処理するというなら話は別だがな」


 オーディンは、こちらをチラッと見る。その目は、俺の覚悟を伺うような光をたえている。

 ・・・・・・上等だ。


『願いを叶えたければ、俺はお前らの提案に乗らなければいけないということか』


「まあ、そういうことさね」  


『いいだろう。それじゃあ、願いをもう一つ追加だ。―――エレメル村のみんなが生き返ったあと、その人生を保証しろ』


「つまり、それは戦争や事件などに巻き込まれないようにしろ、ということか?」


『更にそれに、幸福も追加だ』


 せめて、それぐらいを望んでもいいだろう。

 なんていったて、正真正銘神様への願い事なんだから。

 しかし、オーディンの反応は予想を裏切る、しかめっ面であった。


「・・・それは保証できないな、人によって幸せとは違うものだ。俺たちの判断でそれを決め付けることはできないんだよ」


『じゃあ、どうすれば・・・』


「加護はどうだい?」


 悩む俺に、アマテラスが提案をする。

 加護・・・確か、俺がロキ達から受け取ったもののことか。


「お前さんの加護なら、この世界の人間がどれだけ集まろうと蹴散らすほどの力をあたえることができるはずさ。まあ、幸せになるかどうかは加護を受けた本人次第さね」


「ふむ、お前にしてはなかなかいい提案じゃないか。さっきの痛みでおかしくなったか?」


「・・・喧嘩売ってんのかい?魔術キチ」


「おお、売ってやってんだよ。買えよちんちくりん」


 再びメンチの切りあいを開始する二人。

 こいつら、仲がいいのか悪いのかさっぱりわからん。 

 とりあえず、喧嘩を止めるためにハリセンを手に取り、素振りを開始する。

 ブンッ、と風切り音を一回鳴らしただけで視界は一変。

 なんということでしょう、メンチの切りあいをする険悪な雰囲気の男と少女から、体を震わせ土下座をする男と少女に変化しているではありませんか。


『・・・それで、加護はどうやって授けることができるんだ?』


「じ、自分の魔力を指先に集めて、相手の体に流し込む感じだ。だから、その手に持っているものを離してくれ・・・」


「そ、それと死人には加護を与えることができないさ。だから、加護はそこにいる娘しか無理だよ。だから、その手に持っているものを今すぐ燃やして・・・」


 ・・・どんだけ恐れられてんだよ・・・これ(ハリセン)

 震えまくって正座を続ける二人があまりにも哀れなので、ポーンと遠くのほうに投げておく。

 後ろから漏れる安堵のため息を無視し、レイラのもとへと向かう。

 途中であった透明の壁は無視だ。たぶん、オーディンが張った結界だろう。俺に触れた瞬間、壁はガラスのようにクモの巣状にひびが入り、砕け散っていった。


 そして、俺はやっとレイラのもとへたどり着いた。

 髪をなでても、光の盾が現れることはない。

 抱き上げても、光の盾が雪崩れ込んでくることはない。

 ・・・やっと、一件落着だ。

 一番死にかけたところが、ネロを倒すことじゃなくてレイラにたどり着くということは、どんな皮肉だろうな。

 ・・・うう、考えたら涙が出てきた。

 涙をこらえ、そっとレイラの頭をなでながら右手を取り、甲の部分に集めておいた魔力を流し込む。

 俺の魔力は、すうーっとレイラの中に溶けていく。

 もしかして足りなかったのかと思い、しばらく流し込んでいくとレイラに変化が訪れた。

 魔力を流し込んでいた右手に、三本の尾を持つ蠍が刻まれていた。

 これはもしかして、俺のことか?


「わお・・・そこまでやるか普通・・・」


「ちょっと、あたしも危ないかね・・・」


 いつの間にか近づいてきていた二人が、俺の肩の所から覗いて好き勝手になんか言ってるが気にしない。

 聞いてる限り、危険や問題はなさそうだしな。

 レイラの手に刻印が刻まれた時点で、魔力を受け付けなくなった。これで、加護とやらは完了したのだろう。

 もう一度なるべく優しめに頭をなでてから、少しばかり残っていた草地にレイラを下した。

 本当は家の中に寝かしたかったのだが、家は全部燃えてしまったからな。せめて、野ざらしの地面よりはましだろう。 


「・・・お別れは済んだか?」


『ああ、大丈夫だ。それじゃあ次は皆を・・・』


「その前に、お前はさきに神界に行ってくれ」


『何故だ?』


 オーディンは俺の後ろを指差す。

 振り返ったその先にあったのは・・・見惚れるほど立派な大木であった。


 しかし、幹に葉に枝、共に色はなく無色。

 まるで水晶を削って木にした感じであり、両手を広げても届かないほど太い幹の真ん中には光輝く大きな球が一つと、その大光球を中心に公転する無数の小さな光球が浮かんでいる。


『なんだあれ・・・!?』


「漏れ出た魔力を抑えるためにアマテラスがつくった魔結晶なんだが、お前がスキルを使っちまったせいで封印が二割ほど外れちまったみたいでな・・・その分も吸収し続けた結果巨大化しちまったんだよ。だから、さっさと神界にいってくれないとちょっとやばいんだよ。いろんな意味で」


 若干早口になりながら説明をするオーディンの表情は固い。

 本当に、ギリギリのようだ。


『・・・わかった。それじゃあ、頼んだぞ』


「神界への道はあたしが開くさ・・・失敗すんじゃないよ」


 パンッ、と柏手が鳴り響くと同時に地面から真ん中が真っ黒な炎の輪が浮かび上がってくる。

 赤く燃え盛る炎の輪ではあるが、熱気はあまり感じない。やはりこの火も普通のものではないんだろう。


「馬鹿言ってんじゃねえよ。俺を誰だと思ってやがる」


「サボり魔」


「・・・・・・ッ!!!」


『喧嘩はあとにしろ!行くぞ!』


 なおも挑発を続けるアマテラスを炎の穴に押し込みながら、俺はそれに続く。


 そして、俺の長い長い一日は終わった。




          





 その時、俺は気づくべきであった。


 俺の魔力で成長した魔水晶の大木が起こす影響を。


 レイラに施した、加護が変質していることを。

 

 そして最後に、後ろで盛大に顔をひきつらせているオーディンを。

 

 

 


  

  




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