二十三話 決着
ガシャァァァン!
『ガァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
黒剣が粉々に砕け散り、自身の刃を砕かれた痛みのせいかナイトメアホロウは、逃げ出すように実体化した。
黒剣が差し迫る中、俺のとった選択は『噛み砕く』であった。
俺も最近忘れていたが、俺の牙にはあるスキルがかかっている。
スキル名は【絶対捕食】、効果はあらゆるものの捕食だ。
毒を喰っても大丈夫だし、鉄でも鋼でも、例え伝説の金属・・・は試してないからわからないが、それらの鉱物を食べる時でも、顎に大して力を入れなくても豆腐のように食うことができる。
この効果のおかげで、俺は、この世界に生まれ落ちたばかりの時に、多分食べたら死ぬとも思われるような毒果実を食べても、未だ生きていられるのだ。つまり、分類としてはとても便利なスキル。
そしてその便利なスキルは、通常では触れることも叶わない黒剣の刃にも干渉を可能とする。
能力の説明には、あらゆるものを食べることができるであったはずだ。
俺としては一か八かの大博打であったが、なんとか成功したみたいだ。
唯一の武器といってもいい黒剣を砕かれたことにより呆然としているネロから視線を外し、地に這うナイトメアホロウに視線を向ける。
黒剣の状態で噛み砕いたのが四割ほどだったので、ナイトメアホロウの顔が半分と、右前脚、肋骨の一部、左後ろ脚が、完全に消滅していた。
剣では命とも言える『刃』の部分を砕いたのだから完全に死んだとは思っていたが、まだしぶとく生き残っているみたいだ。
さすが神獣とも言うべきか。普通の生物より、かなりしぶとい。
ナイトメアホロウは、息も絶え絶えになりながらも、未だ呆然としたままでいるネロに吠えた。
『撤退だッ!ネロォッ!あいつの牙には、神の加護並の力がかかったスキルがかかっている!我が触れた瞬間感じた!あれはお前の神よりも、我の神よりも遥かに力を持った上級神、いや、世界神ともいうべき神の加護だ!我らが勝てる相手ではない、直ぐに撤退を―――』
「黙れッ!」
『ッ!?』
ナイトメアホロウは、必死にネロに向かい、いかに無謀かを忠告する。
しかしネロは、ナイトメアの意見に耳も貸さず、返ってきたのは返事の代わりの一喝であった。
「この俺が、馬鹿にされたままでいられろとでも言うのか!?ふざけるな!!武器は武器らしく、黙っていろッ!誰がお前をあそこから出してやったと―――」
『そういうお前は、余裕すぎるんじゃないか?』
ゴシャッ!という嫌な音をたてながら、俺の拳がネロの頭に叩き込まれる。
ネロは碌に受身を取ることもできず、きりもみ回転をしながらナイトメアホロウの元まで叩き落とされた。
地面に亀裂を走らせながら落ちたネロを見ながら、俺は嘆息を思わず漏らす。
さっきから言っているが、俺は物語のヒーローでも悪役でもない。
仲間割れが目の前で起こっていようが、俺には関係ない。相手の目の前でそんな悠長なことをしている奴は、早々に戦場から消え去るのみだ。
「・・・くそ・・くそ・・・糞がぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!」
その全身を、埃まみれ泥まみれ血まみれの三コンボを決めながら、ネロは再び立ち上がる。
あいつも、人間とは思えないほどのしぶとさだ。もしかして、人間じゃないのか?
「ナイトメア、もう一度黒剣になれッ!今度こそ、あいつを殺すッ!!!」
俺を睨みつけながら、ネロはナイトメアホロウに命令するが、ナイトメアホロウが黒剣変化する兆しはない。
ナイトメアホロウは、ただネロに向かって侮蔑の目を向けるだけだった。
『・・・・・・・・・りだ・・・』
「・・・?何を言っている?さっさと武器の形態に変化しろ愚図ッ!」
『―――うんざりだ。そう我は言ったのだ』
心底がっかりした様子で、ナイトメアホロウはため息をつく。
『はぁ・・・がっかりだよ。正確な状況判断さえできない主はもういらない。我は我で撤退させてもらう。戦うならば、貴様一人で戦うがいい』
突然の宣言に、ネロの憤怒で真っ赤に染めていた顔が、真っ青なものへと変わっていく。
ナイトメアホロウの言葉を理解できたのだろう。その唇は、これから訪れる悲劇を想像したのか震えている。
「・・・ど、どう言う意味だ?あそこから出してやった恩を、忘れたのか!?」
『その恩は、今までで十分に返してやったはずだ。いま実感した、貴様ではもう神にはなれんよ。ではな、来世があっても、もう会わないことを願うよ』
ネロにそう告げると、ナイトメアホロウの体は霧に隠れるように消えていった。
感覚器官は限界まで鋭敏に変えても、ここら一帯でその姿、存在を捉えることができない。
どうやら単に姿を消したということではなく、別の空間、またはかなり遠い場所まで移動したということか。これは瞬間移動とかそれに類するスキルだろうか?初めて見た。
「お、おい、本当に行っちまったのか?嘘だろ?・・・」
初めての敗北に、相棒というべき唯一の武器の逃走。ネロは今、恐らく人生で一番の絶望の淵に立たされているだろう。
その背中は、先程までとは違う、哀愁誘うものとなっていた。
どんな正義の味方であっても同情するぐらい悲しいことになっているネロの肩に、俺は手をかける。
「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!た、助け、もうしない!こんなことはもう・・・!だから、命だけは・・・!!!」
『安心しろ』
傲慢な態度から一転、子供のように怯えるネロに、俺は精一杯の笑みを見せて告げる。
『―――お前一人だけで死ぬなんてことはしない。ちゃんと、二人一緒に殺してやるから寂しくはないだろう?大事な相棒と一緒に死ねるんだから』
―――悪魔のような邪悪な笑みを、顔に浮かべながら。
同情なんてしない、絶望の淵に立たされて苦しんでいるのならば、さっさと突き落としてやるのが情けというものだ。
「――――――ッ!?」
『さあ、追うぞ』
ネロを片手に、一気に空へ飛び上がる。
一気に加速したためネロが空気抵抗で苦しむが、手加減を間違えて殺すなんてことはしない。
そんな、楽な死に方はさせない。
森すべてを見渡すぐらい空へと飛び上がり、周りを見渡す。
・・・が、ナイトメアホロウを見つけることはできない。
嗅覚から、そこまで遠くに行っていないということはわかる。臭いがするのだ、長年握られ続けてきたことによるネロの手の臭いが。
だが、そこにいることは分かっても、あまりにも範囲が広すぎる。
しばし思考を続け、俺は一つの作戦を思いついた。
『・・・発動【神罰】』
右手に集めた魔力を使い【神罰】を発動する。
【神罰】の効果は、使用者の思った通りの事象を、対象に向けて起こすこと。
たとえで言えば、よく神話や伝説なんかに書かれる、『神を冒涜したものに訪れる雷』などや、『怠惰のために塩に変えられた人間』などが、このスキルによるものだと推測される。
効果範囲内は、世界。この世界に存在する限り、このスキルから逃れることはかなわない。
「なぁッ!光の柱が・・・!?」
そして、俺の想像した事象は、ナイトメアホロウに対する落雷。
神話で言えばありきたりのものではあるが、それだけ効果は絶大。
天から落ちた視認できるほどの轟雷は、圧倒的な熱量を撒き散らし、降り注ぐ。
音速をも超える雷速、そんなものを手負いのナイトメアホロウに避けられるはずがない。
しばらくして雷が収まった頃、着雷点に向かう。
向かう場所は、俺が昔住んでいた森の中心、あまり距離が離れていないことからして、やはりあの傷では逃げるのは難しかったのだろう。
数秒でたどり着いた着雷点の中央に、ナイトメアホロウは倒れていた。
下半身が完全に焼け焦げて消失しているが、まだ生きてはいる。あの程度で殺すなんてヘマはしない。
右手にぶら下がったまま、若干意識が飛びかけているネロをナイトメアホロウに向けて振りかぶる。
「た、助け―――」
『黙ってろ』
もがくネロの腹に拳を突き刺し、意識を飛ばしてナイトメアホロウにぶつける。
意識が無くなっているナイトメアホロウは、それを避けることはできず直撃をくらい、更に残っていた肋骨が砕け散った。
『ガァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』
黒剣の刃を食いちぎった時よりも、更に大きな悲鳴が大地に響き渡る。
その激痛はナイトメアホロウの意識を、その絶叫はネロの意識を、不幸にも戻してしまった。
『いったい・・・なに・・・が・・・貴様・・・まさか・・・ネロ・・・?』
「ごふ・・・が・・・お前・・・まさ・・か・・・ナイトメア・・・?」
何が起こったのかさっぱりわかっていない二人は、周りを見渡し、そして互いの姿を認める。
混乱している二人に俺は、さらにスキルを発動させる。
【鉄針生成】、三本の尾から放たれた槍のような針は、一直線にネロとナイトメアホロウを繋ぎ留めた。
もはや絶叫のしすぎでうめき声しか上げられないナイトメアホロウとネロ。
これは、逃走防止用。出来るとは思わないが、再びあのスキルをナイトメアホロウに使われると流石に探すのが面倒くさい。
だが、地面に射止められてしまった二人は、もう逃げることはかなわない。
俺の姿をようやく見つけたナイトメアホロウは必死に逃げようと、脚一本でもがくが、その体を貫く針がそれを許さない。
惨めな二人を眺めながら、俺は最後のスキルを発動した。
『・・・発動【終焉の黒太陽】』
まずは、その中に真黒な核が出来上がり、それを包み込むように黒炎が生まれていく。
黒太陽は次第に膨張していき、最終的には二十メートルを超す大きさまで成長した。
それは本物と比べて、あまりにも小さな太陽。
大きさはまさに、蟻と象・・・いや、ダニと鯨ほどもあるだろう。
しかし、その熱量は本物とも劣らない、いや、本物をも超える熱量を発生させ続ける。
周囲の空間はその圧倒的熱量に歪み、蛇のような紅炎が渦巻く。
まるで、太陽を掲げる聖者のような姿になった俺を恐れ、もはや二人の心完膚無きまでには折れている。
必死に謝罪の言葉を繰り返し、慈悲を求め続ける二人。
みっともなく涙と鼻水をながしながら謝罪を続ける二人を、冷めた目で見ながら俺はそれを放った。
―――神暦203年
―――地上に、第二の太陽が降臨した。




