二十一話 魔神と悪人
「なめてんじゃ・・・ねええええええええええええええ!!!!」
ネロが叫び、瞬きの間に伸びる黒剣の刀身。
その長さはゆうに十メートルを越しており、もし実体があったのならば重すぎて折れてしまうだろう。だからこそ、実体がない黒剣のみが使える技であった。
そして、その長大すぎる黒剣を匠に操り、斬撃を飛ばしてくる。
左右からの挟撃。一太刀で放たれたそれは、音速を超えることのできた剣速だからこそできる、剣術の極地。
避けることはできない、そう―――普通の人間ならば。
『・・・遅いな』
強化に強化を重ねられた動体視力は、残像すら写って見える刀身をまるでスロー再生のごとく捉えることを可能とする。なるほど、これが真に極めたものだけが使うことのできる刹那の境地か。
そして、眼だけではない。眼で捉えられるだけでは、避けることができない。
そう一瞬で判断した俺は、更に思考を加速させるためスキルを発動する。
発動されたスキルは【高速理解】。最初は、文字を理解するためのスキルだろうと思っていたが、戦闘時にも大いに役立つに俺は気づいた。
理解ができるということは、判断することも加速するということだ。
即決即断、一瞬のうちに斬撃を回避できる場所を割り出し、駆け抜ける。
斬撃は頭の上を紙一重で抜けていき、ネロは手応えのなさから自分の斬撃が回避されたことに気がついたようだ。
振り抜いた体勢から立て直し、再び構えを取るがもはや遅い。
目前まで迫った俺は、すり抜けざまにネロの腹を鎧ごと全力で殴り飛ばす。
手応えはあった。しかし、ネロはその場から吹き飛ぶことなく留まっており、鎧のひしゃげる音の代わりに、ガシャンッ!、と何かが割れる音がした。
「ちっ、一個減ったか・・・」
ネロはそう舌打ちし、鎧の中から何かを取り出して、ひとつだけ抜き取って捨てた。それは―――親指であった。
ネロの鎧から出てきたのは、糸に通された大量の右手の親指。大きさも全てバラバラで、子供の小さな親指から老人のシワだらけ親指まであった。
俺の拳を受けたのに全くもって効いた様子はないこと、そして鎧の中から出てきた大量の指、何かの割れるような音、そしてその後に捨てられた親指、俺の思考は加速し【高速理解】によって一つの答えにたどり着いた。
『てめえ・・・まさかそれは・・・』
「ああ?やっぱり気づいちゃったか?これは魔道具の一つ【身代わりの親指】。生きている奴の親指を切り取って呪術をかけて、所有者に致命的なダメージが入りそうになった場合、元々の親指の主が身代わりになってくれるっていう便利なもんだよ。ギルドの連中は禁忌指定しているみたいだが・・・俺には理解できねえな。材料はもちろん商品だ。俺が狩ったやつは中身は死んでいても器は生きてるからな。こうして俺のために役立てるってことさ・・・ギャハハハハハハハハッッ!!」
ネロはそう顔を醜く歪めて笑いながら言った。
これはまた・・・想像以上の下衆だったな。
先ほどの一撃も、捨てられた親指の元々の持ち主が庇ったため、ネロは無事であったのだろう。顔を殴った時に発動しなかったのは、手加減していたからだろう。
今の強化された俺の力は、確かに強い。しかし、それも攻撃が通らなくては意味がない。それに、あのクズを殺すために罪なき人々を殺すのも躊躇われる。もう助けられるとるは思えないが・・・。
そう思った時、【高速理解】によって俺の中で一つの答えが作り出された。・・・本当に、便利だなこれ。
俺は自然な構えを崩さぬまま、スキルを発動する。
『・・・発動【神風縮破】』
スキル【神風縮破】、暴乱嵐神テンペストの加護により昇華されたスキル。
その能力は強化前とほぼ同じ、移動速度の強化。
ただ少しだけ違う点がある。もちろん、昇華されたからには以前のスキル【疾風迅雷】よりは強化具合は上がっている。
そうそれも―――ソニックブームが発生するぐらい。
ネロの脇を音をも置き去りにして一瞬で通り抜ける刹那の間、続いて二つのスキルを発動する。
『・・・発動【高性能複眼】【絶望の呪氷】』
あまりのスピードに反応することのできていないネロは、まだその手に魔道具【身代わりの親指】をぶら下げたまま。
あまりにも狙いをつけやすい所にあるそれを【高性能複眼】で狙いをつけ、絶寂氷神コキュートスの加護により昇華されたスキル―――【絶望の呪氷】で凍りついた。
一瞬で薄い膜のような氷が張られ、紫色に凍りつく【身代わりの親指】。もちろん、この氷もただの氷ではない。
その効果はまさに【隔離】、【孤絶】、この氷で凍りついたものはこの世界からいないものとして世界から認識される。凍りついた状態で破壊されれば、その存在は一部の隙もなく抹消され、氷を溶かすすべはほぼない。(例外として、コキュートスよりも強い力の神の炎ならば溶かせるらしい。もしくは使用者の意思)
ただ、そのあまりにも強力すぎる力が故にこのスキルは限界射程距離が存在する。限界射程距離は、およそ一メートル。そのため【神風縮破】を使って近づかなければいけなかったのだ。
そして、この世界から無いものとしてあつかわれるが、認識はされる。今回の場合であると、ネロは自分が【身代わりの親指】を持っていたということは覚えているはずだ。ただ【身代わりの親指】はこの世界ではない別空間に存在していると世界に認識されているので、呪術経路は断たれる。
つまり、ネロはもう【身代わりの親指】使えないということだ。
【神風縮破】の勢いのまま体を百八十度回転させ、無防備な背に向けて拳を構える。
「ッ!?」
目の前に迫り来るソニックブームにやっと気がついたネロは、後ろに転がろうとする。しかし・・・
『どこに行くんだ?』
「なあ!?―――ゴハァッ!」
そこには俺がいる。
倒れ込んできた背中に拳を見舞う。
ネロは突如背中から発生した衝撃により体勢を崩し、前のめりになってしまう。そこに待ち受けるのは大音響の音の爆撃。
音の爆撃は、そこに存在するものすべてを巻き込み、嵐のごとく渦巻いていく。大地はめくれ上がり、木々はなぎ倒されていく。
あらゆるものが掻き回された大地の上、ポツンと一つ水色が立っている。ネロだ。
その鎧は風に飛ばされた石や砂がぶつかりあったのか、元からあったはずの水色薄汚れて霞んでいる。しかし、あまり傷は負っていないように見える。
あの嵐に巻き込まれたはずなのに足元はしっかりしており、今にも倒れそうという印象は見受けられない。
ただ少しだけ変わっていることはあった。その顔には先程までないかった竜を模したフルフェイスの兜がかぶさっていた。
「ハア・・・ハア・・・ハア・・・ちっ・・随分と、おもしれえことやってくれるじゃねえか・・・【身代わりの親指】を使えなくさせられるとは思わなかったよ・・・だけどな、これで終わりだ糞虫。糞虫ごときにこれを使わなければいけねえとは思わなかったよ・・・」
ネロは、いくつか傷つき吹っ飛んでしまった【身代わりの親指】を鎧の中に仕舞いこもうとして、舌打ちしながら捨てた。あの様子だともう使えないことに気がついたみたいだな。
そしてネロは、鎧と兜の隙間から血を流しながらも吠えるように呪文を唱え始める。
「『竜殺しにして、数多の命奪いし殺戮者が乞い願う!我が前に立ちふさがる災いを、撃ち―――』」
何らかの魔術の呪文と思われるものが周りに響き渡り、ネロを中心にどんどんと光が集まっていく。光はあらゆるものから出ており、地面から石から木から、まるで搾り取るように出て行く。
ネロの頭上に集まっていく光、それは球体をとってだんだんと大きくなっていく。
だが・・・
「『滅ぼ―――ゴハッ!!」
加速した拳が、ネロの鎧に突き刺さる。
だが、そんな必殺技らしきものを許すほど俺は慢心しない。
俺は物語の悪役でもヒーローでもないのだ。相手の一手を待ってやる気はさらさらない。
しかし、ネロは俺の拳を受けようとなお詠唱を続ける。
鎧の隙間からは延々と血は流れており、肋骨も折れているだろうに、ネロは血を吐きながら詠唱を続ける。
それはまるで、執念に突き動かされているように。
「『・・・滅ぼす力を、我が身に授けたまえ!』」
ネロがそう言い切った瞬間、ネロを中心に光が溢れ出る。いや、炸裂する。
脳内で警鐘が鳴り響き危険を感じた俺は、瞬時にネロから離れ距離を取る。
ネロから溢れ出た光は、徐々に収縮していき、あるものをかたどっていく。
それは、俺もよく知っているものであった。
全身が黒で覆われており、口元には牙が生えそろう。
手には、大きな爪があり、背にはこれまた大きな翼が。そしてそれらに見合うほどの巨体。
それは・・・
『・・・竜?』
『ギャハハハハハハハハッ!これを見せたのはお前で二人目だよ糞虫ィィィィィィ!!!もっともぉぉぉぉぉ、一人目はこの世にいないがなぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!』
竜に変化したせいか妙に低くなった声を轟かせ、ネロは空に飛び立つ。
空へと飛び上がった竜は、口元を歪め低く嗤う。
『これが俺が竜殺し達成時に手に入れた最高スキル【竜化】だぁぁぁぁぁぁ!!!糞虫ごときにこれを使うのは勿体無いがなぁぁぁぁぁぁ!!!』
黒竜は、口元に光を集め始める。先を見通せそうにないほど真っ黒な光は徐々にその密度を増していき、より黒く染まっていく。
あれは、多分ナイトメアホロウの魔力であろう。【竜化】によって増幅された神獣の魔力を凝縮し、何らかの魔法を発動するのだろう。
ネロの魔力は【竜化】によって、倍加という言葉が生ぬるいほいど増加している。その魔力で放たれる魔法・・・いや、ネロの雰囲気から推測して【竜化】を使わなければ発動することのできない極大魔法であろう。
空からの一方的な極大魔法の蹂躙、それが竜化に成功したネロの戦術みたいだ。
だが、その戦術には欠点がある。
それは―――
『・・・俺も、空を飛ぶぐらいのことはできるんだよ!』
―――敵も空を自由に飛ぶことができてしまうならば意味がないということだ。
背にある六枚の蟲型の羽を高速で動かし、空へと飛び立つ。
初めての空中飛行だが、拙い感じはない。ただまっすぐ飛ぶだけなのだから。
空中へと飛び上がった俺を見て、黒竜は驚いたように目を見開かせるが、面白いと言わんばかりに目を細め、口中に貯めた魔力を放った。
放たれたのは、無数の黒剣。先ほどネロの持っていたはずの黒剣は、まるで雨のように俺に向かい降り注ぐ。
一本一本は小さくなっているが、すべてが一撃必殺の攻撃だ。カスリさえすればそこで俺の終わり。
そんなプレッシャーに耐えながら、降り注ぐ黒剣を躱して黒竜の腹へと潜り込み、四本の腕全てを使って全力で殴り飛ばす・・・が、そこには手応えというものが全くなかった。
あまりにもあっけなく黒竜の腹をすり抜けた先、薄れゆく黒竜の体の中、そこにいたのは―――ネロであった。
「これで・・・終わりだぁぁぁぁ糞虫ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
俺が、黒竜の腹へと到達した時点で【竜化】を解除したのだろう。その手には黒剣が握られており、その顔は狂気に歪み狂いながらもしっかりと俺に狙いを定めている。
まさに捨て身の作戦、しかし、今の俺にはもっとも打って欲しくなかった手だ。
ネロは空中を漂いながら突きの構えを取る、そこから放たれたのは彼の人生でも最高最速と思われるほどの一撃。
撃退しようにも腕はからぶってしまい今からでは間に合わない、回避しようにもからぶったことで体勢が崩れてしまっていて不可能。
目の前に迫り来る黒剣、狙いは俺の頭。
一直線に迫る黒剣に俺は―――
パキパキパキ、と、何か砕き貫くような音がした。
ネロさんは、ほとんどスキルを持っていません。
加護は人一倍持っていますが、そればっかに甘えてたんでスキルを取るための修行なんてしないです。
さらに、そこにナイトメアホロウの剣が加われば理想の怠惰な生活。
剣術訓練なんてしないですよ。




