二十話 反撃の一手
【過剰燃焼】を発動した瞬間、全身に魔力のようなものが行き渡る。
全身を駆け巡る魔力のようなもの―――仮に気とする―――は、溶岩のように熱く煮えたぎっており、俺の怒りに同調するように増幅されていく。
(・・・なるほど、これが【過剰燃焼】の強化か・・・凄まじいな)
体が軽い、もはや重力などないのかと錯覚してしまうほどだ。だが、地面に触れているという感覚は以前より鋭敏なものとなっている。
視覚も聴覚も触覚も嗅覚も、味覚を除いた全てのものが桁が違うほど鋭利なものに変化している。
力も、強化されている。力を込めればこめるほど、空間が軋んでいるかのような錯覚を感じる。
この体に、不可能はもう無い、そう思えてくるほど体は強化されている。
そして、その強化された聴覚に集中すれば、ネロの心音が呼吸音が脈が手に取るように聞こえてくる。
伝わってくる感情は―――不安、不可解。
なぜ俺が復活したのか、わからないってところだろうな。
「・・・どうして生きてるんだい?魔物君?」
『言っただろう。貴様を殺すためだ』
「僕を殺す?・・・クハハハハッ、アハハハハハハハハハハッ!」
俺の言葉に反応し、さもおかしいと言わんばかりに、ネロは腹を抱えて笑う。
笑いすぎたのか、目は涙を滲ませ、ヒューヒューという呼吸音から、若干呼吸困難になっているようだ。
「フーフーフー・・・ああ、こんなに笑ったのは久しぶりだよ。もしかして僕を笑い殺す気だったの?それなら惜しかったね、あと少しで殺せたのに・・・アハハハハハ!」
どこがツボにはまったのかは分からないが、再び自分の発言で笑い始めるネロ。
・・・上等だ。
俺は冷静に怒りながら、右手を一本空中に突き出し、呪文を唱える。神の加護とともに授かりし神器の召喚呪文を。
『召喚:邪槍《死に至る千の呪棘》』
血の混じったどす黒い色の光が手の中に現れ、それを掴み取る。
光の中から現れたのは、一本の槍。
その槍は、すべてが赤く、柄も刃の部分も血のような赤であった。
長さは、だいたい昔の世界の俺の身長(一メートル八十センチくらい)と同じくらい。そして、この槍の一番の特徴はその形であった。
まるでハンマー、いやメイスであろうか?先端の部分を覆うように、大量の小さな棘が生えている。まるでサボテンと言われても違和感がないかもしれない。色以外。
俺は、ゲイボルグを構え、未だ笑い続けているネロに向け、滅びの一投を投じた。
―――音速を超えた一撃で。
「アハハハッは?―――フッ!?」
笑いを止め、ネロは全力で躱した。
先程までの余裕のある回避とはまるで違う、無様に地面を転がる避け方。
ネロが間一髪回避したことにより、ゲイボルグはそのまま慣性に従いまっすぐ突き進んでいき、ある程度飛んだところで俺の手の中に転移した。ゲイボルグについていた、固有能力の一つ【自動帰還】だ。
・・・俺も驚きだ。【過剰燃焼】でどれくらい体が強化されたのかと思い、軽く投げたんだが・・・ここまでとはな。
俺が自分の体の強化具合に驚いている間にネロは体勢を立て直しており、服についた土を払いながら憤怒の表情を顔に浮かべ、こちらを睨んでいた。
まさか、自分が地を転がりまわるとは思ってもいなかったのだろう。その表情は先程までとは百八十度違う、余裕に満ちた微笑みではなく敵に向ける憎しみの表情であった。
「・・・よくも魔物ごときが、僕を地に・・・!楽に死ねると思うなよ・・・!」
『やはり、正解だったな』
そんなネロの言葉を気にもかけず、俺は一人納得する。俺が先ほど自分から突っ込んでいかず、ゲイボルグをわざわざ投げたのには意味があった。そして、今の結果を通して、俺の推測があたっていることが証明されたのだ。
「は?何がだ虫?」
『決まっている。そのご自慢の剣の欠点だ。その剣、魂を切り裂けるとか言っていたが違うんだろ?斬り裂けるんじゃない―――それしか斬れないんだろ。違うか?』
「ッ!?なんでお前がそれを・・・!?」
そう俺が告げると、ネロは顔を歪める驚きの声を上げる。咄嗟に口を塞いだが、今の反応でバレバレだ。
今のネロの行動が証明だ。奴は、ゲイボルグを黒剣で斬ることなく、全力で避けたのだ。
あの黒剣が物質に干渉できたなら、ゲイボルグはあの音速の剣で切り払らわれてしまっただろう。それくらいはあいつなら容易できるはずだ。
しかし、ネロはそれをしなかった。いや、できなかったんだ。
ついでに言えば、非実体系のスキルにも干渉していたところからも見て、あの黒剣は実体を持っていない物を斬り裂くことができるのだろう。
それであいつの対処法は決まった。
どんな堅牢な防御も無視されてしまう。―――ならば、当たらなければいい。
どんな強力なスキルも斬られてしまう。―――ならばここで選ぶべき選択は・・・。
『―――物理攻撃だ!』
ガンッ!と鈍い音を立てながら、ネロは俺の拳を顔面に受けて吹き飛んでいく。
俺の速さについていけなかったのか、回避する素振りすら見せず呆けた表情のままネロは木々をへし折りながら突き進んでいく。
確かに、神器を使えばこの勝負もあっさりと決着がつくであろう。
しかし、俺はそれをしない。そんな楽には死なせない。殺さない。
その体に屈辱を刻み込む、それが俺の復讐。
俺はずり落ちかけたレイラを再びしっかりと抱きかかえ、皆の場所へと連れて行く。
目元には涙に濡れており体も先ほどの恐怖のせいか少し震えていたが、俺が抱きかかえ直すとその震えも収まった。
レイラをできるだけみんなと近い場所にゆっくりとおろし、その人差し指に顕現させておいた指輪型の神器―――絶盾《次元の拒絶》を嵌める。
青くひんやりと冷たい不思議な金属製の指輪は、まるで他者を拒絶するように刺々しいデザインであったが、レイラの指にはめると光り輝き、二つの輪が中心の青い宝石に重なるようなシンプルながらも温かみのあるデザインに変わり、虹色のシャボン玉のような膜がみんなを覆う。
・・・これで、少なくとも俺の戦いに巻き込まれることもない。
頭を一回軽く撫で、一切後ろを見ることなくレイラの前から立ち去る。
もう、会うこともないであろう皆の笑顔。未練がましい思いもあったが、それらを全て断ち切り、自らの戦場へと向かう。
「―――あああああああああああああッッ!!!!よくも!!ここまでコケにしてくれたな糞虫がああああああああああああッッ!!!!!殺すッ!魔物ごときが!俺の前に立ちふさがってんじゃねえよ!この糞虫がああああああああああああッッ!!!」
黒剣を振り回しながら、ネロは怒りの咆哮を上げる。
顔を真正面から殴られたことにより、鼻は潰れて血がその美顔を汚し、歯も何本か折れてひどく無様な顔になっている。
その人生には、一度もなかったのだろう。今まで馬鹿にしていたものに、貶められたことは。
常に勝者だった人生からの逆転、それを貶めていた者にされたことは。
激情に身を任せながらも、ネロは隙のない構えをとっていく。いままでに体に染み込ませた剣術修行のおかげであろう。
それに対し俺は、右の拳を左手に叩きつけ、気合を込める。
これで、全てを終わらせるため。
『さあ、第二回戦といこうじゃないかネロ。もっとも、次はないがな』




