十九話 覚醒
〈side ネロ〉
逃げ回る少女の悲鳴が響き渡る。
追い回す男たちの、笑い声が唸る。
ガチャガチャと、鎧が騒々しい音を立てる。
パチパチと、家屋が木が草が作物が燃える。
バキバキと、燃えて支柱が炭になった家が、次々と崩れていく。
それらは、いくつも重なりあって、歪な音楽を奏でていく。
「うーん、いつ聴いてもいいものだね。このオーケストラは」
『確かにな、少々悲鳴が小さいが、及第点だろう』
「アハハハハ、厳しいね~」
ネロとナイトメアは、そんな地獄のような光景の中立っていた。
その顔は、美青年のものなのに内側からの狂気が滲み、ひどく歪んだような微笑みをしている。
そんな不気味な笑みを浮かべるネロに、ナイトメアは剣のまま念話で話しかける。
『それで、この魔物はどうするのだ?いつものように、燃やしておくか?それとも素材とやらを剥ぎ取っておくか?』
「そうだね・・・魔物君も、ただ死ぬだけじゃかわいそうだよね。それじゃ、その死体は僕が有効活用させてもらうよ!『混沌百足』なんて貴重な死体、どこに行っても高値で売れるよね!」
『お前は人間達の間では、犯罪者ではなかったのか?足元を見られるのでは?』
「それはないよ。僕を見て足元を見たりなんかしたら、商品になるだけだ。どこもそうなら、おじさんに買ってもらうだけだし」
『クックック・・・確かにそうだな』
剥ぎ取り用のナイフを手に取り、ウキウキとした様子で『混沌百足』へと向かうネロ。
早速ナイフを手にかけたところで、さっきまで騒々しく音を立てていた鎧の音が消えた。
後ろへ振り向くと、どうやら少女がやっと捕まったみたいだ。
数人の騎士に囲まれ、少女が押し倒されていた。
「残念、追いかけっこは終わっちゃたみたいだね。もうちょっと音楽を楽しみたかったんだけどな・・・」
『別に、ここに限らないわけではないだろう。さっさと、使える部位は取ってしまって、そこらの村でも襲えばよかろう』
「そうだね~」
ナイトメアホロウの言葉を聞き入れ、再び『混沌百足』へ向き―――固まった。
「・・・あれ?魔物くんは?」
そう、ネロが固まった理由、それは『混沌百足』が消えてしまったのだ。
まさに、跡形もなく。
そこにいたという形跡は、地面に残っている。
先程まで、戦った痕も周りに残っている。地面の溶けている痕跡や、一部が炭になっている木などそうだ。
しかし、そこには何もない。幻覚ということもないはずだ。
幻覚対策の指輪も用意してあるし、それらしい術の発動兆候はなかった。
術の発動に気づかなかったということもない。そして、幻覚に嵌ったということも、もっとありえないはずだ。
何せ幻覚対策の指輪はナイトメアホロウの幻覚にも完璧に対処した神器とも言うべき代物なのだから。人間ごときの術が、神獣に勝てるわけがない。
ならば何故?どこに消えたのか?
思考の渦にはまってゆくネロは、先程まで響いていた少女の泣き声と男たちの笑い声が消えていることに気がついた。
膨大なプレッシャーと殺気に反応し、咄嗟に振り返ると黒い炎球が迫ってきている。
黒剣で切り裂き、見ると、そこは先程までのとはまるで違う、本物の地獄が広がっていた。
地面は黒く焦げ上がり、騎士たちは全員蒸発していく。
人体の蒸発、その光景を目の当たりにしたネロは、思わず息を飲んでしまう。
当たり前だろう。仮に人体が燃やされるところを見ていたとしても、蒸発するなどという現象は絶対に見ることはできない光景なのだから。
そんな地獄の光景の中、あらゆるものを燃やしていく黒い炎の中心から何かが現れる。
それは、どう見ても歪な物体であった。
人間と思わしき体だが、下半身はまるで蠍。ケンタウロスの蠍版といえばわかるだろうか。
全身が真っ黒で、暴力の権化ともいうべき鋭利的な外骨格で覆われており、その黒はまるで黒曜石のような怪しい光をたえている。
人間と思わしき上半身は、腕が四本生えており、背中からは虫のような大きく薄く透けた羽が生えていた。
下半身の蠍の部分からは、鋭い爪のついた脚が八本生えており、鉄の鎧も貫きそうな針がついた尾が、三本も生えている。
そして、頭部の目とみられる八つの隙間には、炎のように赤い光が漏れ出ており、外骨格と同化したような鋭い牙の生えた口からは、息をするかのように黒炎が吹き出る。
胸に刻まれた赤い刻印は、中央の円を中心とするかのように赤い線が全身を伝い、暗く光るそれはまるで体を支える骨のようにも見える。
そして、その手には、さっきまで悲鳴をあげていた少女が抱き上げられていた。
黒い蠍人が口を開き、言葉を紡ぐ。
怒りを抑えきれていない、殺気に満ちた言刃を。
『私は帰ってきたぞ、ネロ。貴様を殺すためにな』
その声は、つい先ほどまで聞いていた声。
自らの前に立ち塞がり、死闘を交えた相手。
そして―――殺したはずの魔物の声。
いるはずがない、生きているはずがない、動けるはずがない、そう思いながらも答えは自分の中で勝手に決まっていく。
気がつけば、それは口に出ていた。
「・・・・・・なんで生きているんだい?魔物君?」
*
目が覚める。
先ほどまでいた空間とは違う、燃え盛る村の中だ。
覚醒したばかりの体は少し慣れないが、それでも数瞬程度で、元あったからだのように馴染んでいく。
立ち上がろうと思い前を見ると、そこには背を向けるネロがいた。
完全に隙だらけのその姿に再び怒りを覚え、殺そうとしたところでネロの見ている先から悲鳴が聞こえる。少女の悲鳴―――レイラだ。
視線を向けるとそこでは、騎士たちに地面に押し倒されているレイラがいた。
泣き叫ぶ少女を見て、下種な笑みを顔に浮かべ、少女を汚そうとする騎士たちを。
そこで、俺は完全にキレた。
一瞬で騎士たちの場所まで移動し、騎士たちは顔を上げることもなく、気付いた様子もない。
そして、スキルを発動する。効果は、なぜか頭の中に入っている。新たに手に入れたスキルたちも、完璧にだ。
発動されたのは【罪滅の獄炎】、その者の罪に応じた熱量を与える地獄の炎。
このスキルの特徴は、罪の基準が自分にあるということ。それが殺人であっても、スキル使用者が罪と認識しなけば火傷も負わない、ということもできる。
そう、自分が基準、ならば、レイラを汚そうとしたこいつ等の罪は?
――――――極刑。
黒い獄炎に焼かれて、炭になることすらなく、悲鳴も断末魔もなく蒸発していく騎士たち。この世に存在したという証明も残さず、一切の慈悲なく消えていく。
対して、レイラは全く火傷などを起こしていない。服に燃え移ることもない。
前の鎌の手より人間に似た手で、レイラを抱き上げる。
鎌よりは鋭くないにしても、指先の尖った爪は十分に危険だ。それにしても、新しく進化・・・いや、転生した『覇鎧陽蟲帝』・魔神種の外骨格はやたらとパンクな見た目となっている。いろんなところから棘が出てるし・・・迂闊に人とか乗せられないじゃねえか。
気が付いたら、腕も四本あるし下半身なんて蠍だ。蠍なのに針のついた尾は三本もある。針の長さも太さも半端じゃない。
背中には、よく見ることはできないが蜻蛉のような羽も生えている。飛べるのかな?これで。
そんな今までとはあまりにも勝手が違いそうな体だが、不思議と使いにくそうな感じはしない。
腕が四本など、元の世界ではなかった感覚なので『混沌百足』でも鎌の腕は常時二本だけにしていたが、まるで長年慣れ親しんだ体のように思える。
羽どころか、尾もあったことなんてなかったのに、自然な感じで体を使用するときの感覚を教えてくれる。
実に不思議な感じだ。完璧に読んだ本を、後で頭の中でじっくり読み返すような、そんな感覚。
体をじっくり観察していると、一つの黒炎が飛び火した。
もちろん、俺の意思で飛ばしたものではない。焚き火するとパチパチ飛ぶやつみたいな感じだ。
それが、何故か背を向けたまま呆然としているネロに向かって飛んでゆく。
直前まで近づいたところで気づいたのか、ネロは振り返りざまに黒剣で切り払う。
流石に、この炎でもあいつの剣は壊れないのか・・・。
多分、俺が罪として認識しているのが生物のみであり、ナイトメアホロウも一応生きてはいるみたいだが剣の状態では生物として認識できないせいであろう。
ネロには、スキルの攻撃が効かない。あの黒剣で、全て切り払われてしまうからだ。
―――『 【過剰燃焼】が、発動されました 』
だが、ネロは黒剣は確かに厄介ではある。しかし、それは必ずしも絶対のものではない。
―――『 【過剰燃焼】発動に伴い、生命力の燃焼が開始されます 』
必ず、あの黒剣を突破する方法はある。いや、もうすでに考えはついているのだ。
―――『 警告。【過剰燃焼】は、生命力を糧として自身を強化するスキルです。強化効率は【生命燃焼】の十倍となっていますが、消費量は三倍になっています。使用限界時間に、お気を付けください 』
あの黒剣の利点と、最悪の欠点を。
―――『 最終警告、本当に【過剰燃焼】を、発動しますか? 』
【YES】or【NO】
―――『 最終警告にて、【YES】が選択されたことを確認しました。【過剰燃焼】を発動します 』
『私は帰ってきたぞ、ネロ。貴様を殺すためにな』




