十七話 壊滅
『”悪夢のネロ”・・・だと・・・?』
照れくさげに頬を掻く好青年は、確かにそう言った。
それは、先ほど聞いたばかりの名。
確か、ミスラが言うには大陸指名手犯といわれた男の名のはずだ。
「そうそう、まあ僕はそっちより”死体屋”っていう名前のほうが気に入ってるんだけどね。君はどう思う?『混沌百足』くん?いや、ここではムーっていわれてるんだっけ?」
『貴様がその名を呼ぶな、それは私の恩人がつけてくれた名だ』
「かっこいいねぇー、じゃあ僕は君を魔物君と呼ぶことにしよう。いいよね?」
気楽そうに、ネロは笑いながら問いかける。
その微笑みは、明るく太陽のような微笑みだが、この場においてはあまりにも不似合いなものであった。
俺は、ミスラや村の皆がやられたことに対して怒りを覚えながらも必死に抑え込み、あくまで冷静にネロに逆に問いかけることにした。
『・・・どうして、ここが〈神域〉であることがわかった?それに、その剣はいったいなんだ?』
「あらら、僕の話は無視かい?ま、いいけど。ここがわかったのは、スパイを送り込んでいたからだよ。出ておいでよ」
ネロが森に目を向けると、一人の男が現れる。
血に濡れた鎧と剣を持ちそこに佇む男は、シグル達と共に来た冒険者であったはずだ。
しかし、その目はどこか虚ろで常に何もない虚空を見つめ続けている。まるで、人形のようだ。
「彼は最近作った僕の駒でね、最近”蒼焔”が怪しげなことをしてるって皆が言うから調べてみたら、これまたビックリ!なんと新しい〈神域〉じゃないかってね」
『・・・作った?どういう意味だ?』
「そこは言えないな、自分の手を相手に教えるわけないだろ?」
『・・・村の皆にいったい何をした?』
「死んでもらったよ」
一瞬、その言葉が理解できなかった。
死んだ。誰が?―――村の皆が!
あまりにもあっさりと告げられたその言葉に、俺は自分を抑えることができなくなってしまった。
大鎌を振り上げ距離を詰め、首に狙いをつけ一気に振りぬく。
ネロは何もせずにただ笑っているだけ、殺った、そう思った瞬間、ネロの前に大きなものが投げ込まれた。
ネロを守るかのように投げ込まれたもの、それは―――村人であった。
『―――っち!』
振りぬいた鎌をなんとか止める。
しかしそれは、ネロの計画通り大きな隙となってしまった。
「よそ見してちゃだめだよっ!」
黒剣は刀身を伸ばし、空中で止まり的となっていた俺の右鎌を根元から切り飛ばす。
今までで一番の痛みが右鎌に走る。経験したことのない苦痛に反射的に叫びたくなる。
無理やりその痛みを無視し、無事であった左鎌をネロへと走らせる。しかし、いとも簡単に避けられてしまった。
「遅い遅い、そんなんじゃゴブリンにも避けられちゃうよ」
オーバーリアクション気味な挑発を続けるネロを無視し、切り飛ばされた右腕に目を向け、動きを止めてしまった。
右腕はもう治っていた、しかし動かない。
いや、治ってなどいない。最初から、切り飛ばされてなどいなかったのだ。
だが、右腕は動かない。力どころか、感覚すら何も感じないのだ。
『どういうことだ・・・何故動かない!?』
「ここで一つ種明かし、僕の剣は特殊でね・・・この剣が斬るものは肉体じゃないんだよ。斬るのは中身、村人たちが動かないのも、魔物君の右腕が動かないのも、器があっても中身がないからだよ。わかった?」
クスリと笑いながら、ネロは言う。
そういえばそうだ、村長も村人も、皆血に濡れてなどいなかった。さらに言えば見た限り傷一つなかった。目の前で斬られたミスラも、あまりの光景に動転して気がつかなかったが、体を貫かれてはいたが血は出ていなかった。
人間が死ぬ以上そこには何かしら原因があり、そしてここまで一方的にやられるのは中ではなく外傷にあるはずだ。
そこで、外身で異常がないのはおかしいと思っていたが、まさか魂を斬る剣とは・・・予想以上を超えたものであった。
これは、まさしく必殺兵器だ。なにせ、これは防ぐことができない。魂のみを斬る剣は、盾や鎧といった防具に防がれることなく殺すことができるのだから。俺のこの堅牢な甲殻も、頼りにすることはできない。
そこまで考えて俺は気がついた。魂を斬ることができる剣ということは・・・。
『皆は・・・もう蘇ることは無いのか・・・?』
「ようやく気がついたね。いくら肉体が無事でも中身が無ければ生きることはできない。君がする選択は、一刻も早くここから逃げることだったんだよ魔物君」
ネロは笑いながら再び黒剣を横に振りぬく、伸びた刀身はおれのからだを狙い、避けようにも体がでかすぎて体を横に斬り裂かれる。
『ぐああああああああああああっっ!!!』
体を真っ二つにされたことによる痛みで、絶叫が口から漏れる。
絶叫を牙を噛みしめることにより止め、痛みに混乱した頭を冷やし、今まで使うこと自ら禁じていたスキルを、一切の自重なく解放した。
最初は、村人たちに飛び火することを恐れて使うのをやめていたスキルたち。
しかし村人たちは既に全員帰らぬ人、それであってもせめて死体だけでも供養にと傷つけないように封印していたスキルたちだ。
【万象発炎】、【電子操作】、【毒液生成】、【狂気の奇叫】・・・あまりにも強力すぎて、周りへの被害が大きすぎるために封印されてしまったスキルたち。
白い炎が瓦礫を一瞬で灰にかえし、飛び交う紫電が森を消し炭に変え、原色の毒液が地面を溶かし、この世のものとは思えないほどの地獄の叫びが響き渡る。
ネロは一瞬目を丸くするも、直ぐに顔を歪ませる。それは、絶対的な強者にしかできない笑顔。
「まだまだこれからだって?いいよいいよ!納得するまで、付き合ってあげるよ!」
こちらには満身創痍での戦い、そして相手は防御力無視の反則武器。
どう考えても、勝機はない。
もし、昔の俺であったならここで無様に逃げていたところであろう。
だが、今の俺は違う。
この世界で、初めてできた友人。そして、愛しき人々。
その復讐のために、俺は立ち上がる。ただ、怒りにその身を任せながら。
*
戦いの結果は惨敗であった。
圧倒的、そうとしか言えないほどネロは理不尽なまでに強かった。
こちらの攻撃は全て避けられた。【万象発炎】は、予知しているかのように回避された。【電子操作】は、紫電を黒剣で切られて無効化された。【毒液生成】は、見えない壁に遮られるように滑りおちていった。【狂気の奇叫】は、耳を塞ぐこともせず余裕の表情で耐えた。
そして、あちらの斬撃は面白いぐらい通って行く。
治そうにも治せない。器に傷がないのだから。
避けようにも避けれない。その剣閃は既に音速をも超えていたのだから。
逃げようにも逃げれない。縦横無尽に伸びる黒刃が退路を防ぎ、斬られてしまったせいで動かなくなってしまった体が枷になるのだから。
両腕ももう上がらない、両方とも根元から斬られている。
別の場所に生やそうにも、スキルが発動しない。
体の中にあったはずの魔力の反応がないことから考慮して、スキルは魔力で発動していたんだろう。
スキルを主に使うことを考えて重要な発見ではあるが、いまもっとも理解したくないことであった。
「結構頑張ったね。本当にスキルが使えるとは驚いたけど、あくまで使えるだけ。戦闘能力に関しても、流石魔物だけあって高かったけど、それも竜に比べるまでもない。下位ぐらいはあったから安心していいよ」
『・・・まるで・・・竜と・・戦ったことがある・・ような・いいかた・・だな・・・』
「おお!まだ喋れたんだ!しぶといねぇ~。まあ、その根性に免じて教えてあげるよ。僕は、竜と戦ったこともあるし、もちろん殺したことだっていくつもある。ちょっと前に殺した奴は、確か上位の竜だったけな?偉そうなこと言ってたけど、あんま大したことなかったよ。この神獣を材料にした剣にかかればどんな生き物でも一発、この剣より硬い魂なんて存在しないしね。頑張って、誑かして作ったかいがあったよ」
『・・・誑かした・・・?』
どういうことだ?奴はさっき、神獣の素材を材料にしたと言っていた、ということは神獣を討伐したことになるはずだ。それなのに、倒したではなく誑かした?
そんな俺の心を読んだのか、ネロは俺の疑問に答えた。
「どうして誑かした、になるか?ふふふ、魔物君だけには特別に教えてあげるよ。本当に特別だよ。なんて言ったて、僕以外にこのことを知っているのはいないんだから。出ておいでよ、『ナイトメアホロウ』」
ネロが黒剣を投げ、地面に突き刺さると同時に黒いモヤのようなものがかかる。
モヤは次第に大きくなっていき、そこに現れたのは・・・黒い骨で構成された一匹の大狼であった。
骨しかない体は一見脆そうにも見えるが、その骨はどこか神秘的な雰囲気を漂わせており、一本一本が鋼鉄よりも硬そうに見える。
『なんだ?我の出番か?』
黒い大狼は、低い声でネロへと問いかける。
貫禄のある渋い声で、ただの声のはずなのに体全体に響き渡るような声だ。
「違う違う、魔物君に僕の秘密を教えてあげようと思ってね。頑張った子には、ご褒美を上げないと」
『ふむ・・・魔物君とやらは、そこの『混沌百足』ということでいいのか?とりあえず、自己紹介が先だな。我が名は『ナイトメアホロウ』、元常闇の神殿の留守を勤めていた神獣だ』
『・・神獣・・・だと・・?なぜ・・・剣の素材に・・なったものが・・・生きて・・いる?何故・・・自分を殺した・・・存在と・共に・・いる・・んだ?』
息も絶え絶えに、そう疑問を口にすると、ナイトメアホロウは骨だけの顔を歪ませ笑った。
『クックック・・・先ほどネロはいっていたではないか。我は誑かされたんだよ。次期神候補のネロにな』
・・・次期神候補?ネロが?一体どういうことだ。何が起きている。
混乱する俺を眺めながら、ネロとナイトメアホロウは語る。
『元々、我は常闇の神殿の番人・・・つまり、黒夜神アラルスの眷属としてたまに現れる挑戦者と戦ってきた。
しかし、我のところまで来れるものはそうおらず、いつもいつも闇を見つめ付ける日々。我は退屈であったのだ、そして、刺激をひたすら求めていたのだ。
そんな中、ネロがやってきた。ネロは言った、『僕と一緒に行かないか』と、『こんな退屈な毎日ではなく、戦いに溢れた日々を送りたくはないか』と、そして『僕の夢を叶えてくれないか』と。
確かに、ただの凡狼であった我を神獣に進化させてくれたアラルス様には感謝してる、しかし、今の日々はあまりにも退屈で、ネロの提案はあまりにも魅力的だったのだ』
「そして、ナイトメアホロウは常闇の神殿から僕の手を借りて討伐されたということにして逃走、黒夜神アラルスは他の加護を授けたものを通して人間たちに教えたらしいけど、自分の眷属が裏切ったとは言わなかったみたいだね」
『それもそうだ、あの方にも見栄というものがある』
「ふふふ、そうだね。さらに言うと僕はね、加護持ちなんだよ。それも、世界でも十人もいないと言われる三柱の神の加護持ちの」
加護持ち。
それは村長がそうであったように、この世界をどこからか見ている神に気に入られることによって加護を授けられたものだ。加護持ちは通常の人間よりも強く、授けられる加護も神やその授けられる人間によって変わるものらしい。通常は一柱のみで、稀にニ柱持ちが、そしてネロが言ったとおり世界でも両手に満たない数しかないと言われるのが三柱持ちだ。
歴史を紐解いても、三柱持ちはいずれも偉人ばかりであり、それぞれ各分野で絶大な力を誇っていたという。
その希少な三柱持ちが、ネロ?悪夢としか思えない。まさに名前通り、”悪夢のネロ”だ。
「僕に加護を授けてくれたのは、殺人神マーダー様、夢知神ニコラ、剣聖神ソードラ様、これが僕に加護を授けてくれた神様だよ。マーダー様には、人を殺せば殺すだけ力を増大させる【殺人鬼】のスキルを、ニコラ様には、半日分だけ次の日の出来事を教えてくれる【正夢】のスキルを、そしてソードラ様には剣の速度を倍に上げる【音剣】のスキルを。【殺人鬼】は人間種にしか効果は適用されないし、【正夢】は夢に見た内容となるべく同じに行動しないと続きが変わってしまうっていう欠点があるし、【音剣】は最初はあまりにも早くなりすぎて体がついていけなかったけど、どれも強力なスキルばかり。君の攻撃が当たらなかったのも、僕の攻撃しか当たらなかったのも、このスキルたちのおかげなんだよ」
・・・なるほど、ミスラの時の躊躇わなさから何人か殺してるとは思っていたが、そんなすスキルがあったとは・・・【万象発炎】が避けられてしまったのも【正夢】というスキルで既に見ていたからなんだろう。驚いていたのは、本当に俺がスキルを使えるとは思っていなかったからだろうか。そして、あの尋常じゃないほどの剣速にも、そんな理由があったとは。
だが、なんでそれだけで次期神候補となるんだ?いくら力があっても、それだけで神になれるということはないんじゃないのか?
そんな俺の疑問をよそに、ネロは話を続ける。
「三柱の加護持ちは、普通の加護持ちとは違って、神になる権利が与えられるんだよ。絶対数が少ないのもそのせいだね。このことは、おそらく三柱の加護持ちしか知らない秘密、なんて言ったて神様から直接教えてもらえてくれたことなんだから。良かったね魔物君、君は今世界の秘密に少しだけ触れることができたんだよ」
『黙れ・・・!』
「おお、怖いね。それで、さっき言った神候補ってのはね、三柱の加護持ちは更に神に認められることによって神に成り上がることができるからなんだよ。ここで重要なのが、別に神になるためには善行を積まなくてはいけない・・・というわけではないんだ。さっきも言ったとおり、神に認められればいい。どんなことをしてでも。そこで僕が選んだのは、マーダー様の加護通り、ひたすら悪行を積んでいくことにしたんだよ。殺して奪って壊し尽くす、そのための武器として丁度ナイトメアが良かったのさ。・・・っと、話はここまでだね。皆が来ちゃったよ」
そこまでネロが言い切ったところで、森からぞろぞろと騎士たちが出てきた。
少し前に俺が殺した騎士と同じ鎧を身につけており、その表情も俺が殺したやつと同じ、下衆な笑みをたえていた。
騎士たちは大体二十人ぐらい、後ろのほうで何か大きく重いものを運んでいるらしく、一つは二人がかりで、もう一つは四人がかりで運んでいる。
担架のようなもので運ばれてきたのは・・・ナハルトと村長であった。
やはり・・・村長達もやられてしまっていたか・・・。
騎士たちは一度村長達を地面におろし、ネロに向かって整列する。(ナイトメアホロウは既に剣に戻っていた)
整列した中で、ひときわ豪華で華美な鎧を身につけた男が一歩前に出て、ネロに敬礼をする。
「精霊騎士団第七部隊、十名を除き御身の前に」
「うーん時間ぴったり、優秀だね。商品の方は?」
「はっ、お褒めの言葉ありがとうございます。商品に関しては、細心の注意を払い傷ひとつつけておりません」
騎士団の隊長らしき人物はそう言い、ネロから一歩ずれるように横に移動した。
ネロは、隊長の横を通り抜け、村長たちのところへ歩いていく。
「”豪腕のフラウ”・・・元Sランク冒険者で、数少ない闘気の使い手・・・これは、商品価値も高いってもんだよね。もう一人の方は・・・まあ、売れたら売るか。もしくは、サービスとしてフラウと一緒についてくるってのもいいかもね」
そうネロは満足そうに頷く。
先ほどから言っている商品という言葉、もしかして、ラムールが言っていた撤退理由の奴隷化の事なんだろうか?
だが、村長も見る限り魔法で眠っているということもなさそうだし、あの人がネロの剣以外で死ぬことは無いはずだ。それほどまでに、村長は強い。
しかし、奴隷として売ると言うならばついちょっと前にネロが言っていたはずだ。『魂を切られた人間は二度と生き返らない』と、それならば奴隷としても全く意味がないのではないか?
俺は、自分でも気づかぬうちに疑問を口にしていた。
『・・・商品・・・だと・・?奴隷・・・にでも・・するつもり・・・か?』
そうすると、ネロはケラケラと笑いながら答えた。
「うん?奴隷?違う違う、最初に自己紹介しただろう?僕の名前は”死体屋”だって。
僕が扱うのは死体、それも傷一つ無い死体ね。結構人気なんだよ?試し切りにもいいし、愛玩人形としてもいいし、研究材料としてもいいし、ちょっと特殊なところにいけば食用なんててもある。魂は死んでても、肉体はまだ生きているからね。人間として生き返ることはありえないけど、生物としてはまだ生きていられるってわけ。その点、この剣は便利なんだよ。殺すことで体も強化されるし、商品も簡単に作れる。これほどまでに便利なものはないだろ?」
そんなネロの声を聞き、俺は嫌悪感で心が死にそうであった。
死体を売る?そんなの普通の人間の考えではない。こいつはもう人間じゃない、悪魔だ。
そんな呆然としている俺から視線を外し、ネロは一人の少女に向かって歩く。
ネロの瞳に写っていたのは、レイラであった。
ネロは、レイラの元まで歩き、横たわるレイラの頬を軽めに叩く。
「ほらほらーおーきーろー!」
レイラはネロの行動で魔法が解けてしまったのか、目をぼんやりさせながら起き上がった。
「う・・・ん・・・ふぇ?・・・誰?」
「僕のことかい?僕はの名前はネロ。この村を襲ったものだよ」
「村を・・・襲った?―――そうだ!お母さん!」
レイラは、ネロの言葉でついさっきまで村が襲われていたことを思い出したのか飛び上がり、周りをキョロキョロと見渡す。
そして、周りをみればみるほどその顔は青ざめていき、そして見つけてしまった―――倒れ伏し、身動きも取らない家族を。
「お母さん!お父さん!」
レイラはミスラの元に走り寄ろうとし、ネロに襟を掴まれて投げられてしまった。
何をされているのかさっぱりわからないレイラは目を丸くさせ、地面に受身も取らず転がる。
転がっていった先は、先ほど来たばかりの騎士たちであった。
『きさ・・・ま・・・!レイラに・・・何を・・・!』
「いや、あんなに可愛い子だし僕も商品に加えたいんだけどさ、精霊騎士団に一つ約束があってね。生きている女を一人渡すってことになっていたんだけど、僕がつい張り切り過ぎて全員斬っちゃったからさ、その役目は彼女に果たしてもらおうと思ってね」
つまり、レイラはあの騎士どもに汚されると?
そう考えたところで、再び鎮火されてしまったはずの怒りがマグマのように溢れ出てくる。
動かない体に鞭打ち、必死にその手を伸ばそうとする。
―――しかし、その手は届かない。
ミスラとの約束を果たすため、スキルで騎士どもを殺そうとする。
―――しかし、魔力はもうない。
レイラを汚そうとする騎士どもを牙で食い殺そうと、その体にむちうつ。
―――しかし、その体はもう動かない。
神に願い、奇跡を希う。
―――しかし、無情にも祈りは届かない。
逃げるレイラを、笑いながら追いかける騎士たち、その顔を悪魔のようであった。
ネロは俺に振り返り、黒剣を振りかぶった。
「じゃあ、そろそろお別れだね。さようなら、魔物君」
黒剣は頭に突き刺さり、俺の意識は消えていく。
騎士どもに押さえつけられ泣き叫ぶレイラ見ながら。
高笑いするネロを見ながら。
俺は、何もできず、意識をなくしていく。
最後に残ったのは、どす黒い憎悪のみ。
ああ、ああ、アア、コロシテヤル、カナラズコロシテヤル、キサマラダケハ、ゼッタイニ、ゼッタイニ
―――ユルサナイ。
―――ポーン。
―――『 称号【罪を背負う者】の、秘奥能力が、解放されました 』




