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97 ユーキの誕生

今回はシリアスです。加えていつもより長めなので、少し読みづらいかもしれません。

過去編はいちおうこれで終わりです。次回からは「ユーキと朱葵の別れ」を描きます。


【お知らせ】

さんざん言っていた「あらすじ」ですが、100話更新と同時に掲載します。

 初めに口を開いたのは、樹だった。

「え・・・・・・結姫・・・・・・?!」

 茫然と立ち尽くす樹に、光姫は、言った。

「知ってるの? 知ってるよね、当然」

 その口調は雪を投げつけられたように冷ややかで、当たった瞬間、粉々に砕け散っていった。

「結姫・・・・・・じゃないな」

 結姫はもっと大人っぽい表情を持ち、ゆっくりと話す女性ひとだった。ひとつひとつ、言葉を確かめながら。ドレスも、赤を好まない。つまり、ここにいるのは、結姫じゃない。

「誰だ、お前」

 樹がそう言い放つと、光姫は、くすっと唇の両端を持ち上げた。

「座ってよ。変に見られる」

 樹は光姫の促した先に腰を下ろす。結姫と同じ顔に見えたが、よく見ると、化粧の仕方のせいか、“似た”顔だったことに気づく。

「あなたがここのナンバーワン?」

「・・・・・・ああ」

「ふ〜ん」

 結姫に似た女は、次第に結姫と正反対の女になっていった。

「お前、結姫の知り合いか?」

 樹はタバコを掴み、胸元のライターを探る。と、光姫がスッと火を差し出した。

「結姫なんて気安く呼ばないで。あんたのせいでお姉ちゃんは・・・・・・」

 タバコに火がもたらされたあとも、ライターの火はゆらゆらと、樹の顔の前で揺れている。

「もしかして、結姫の妹?」

「結姫って呼ぶなって言ってるでしょ?!」

 ガタン、と席を立ち、声を震わせて、光姫は言った。周囲は音に驚き、ビクッと振り返る。

「あんたはお姉ちゃんを殺したんだ」

 鋭い矢のような視線が、樹に降る。光姫は樹を見下ろしていた。

「何とか言ったら?」

「まあそう興奮するな」

 樹はタバコを咥えると、今度は自分のライターで火を付けた。カチッとジッポが鳴って、ピンと蓋が閉じる音が、小さく聞こえた。フウ〜と長い煙が溜め息とともに吐き出され、空に舞う。

「それは俺じゃない」

 と、樹は言った。

「結姫を殺したのは、俺の前にナンバーワンだった奴だ」

「前・・・・・・に?」

 勢いを失った光姫は、ソファに崩れる。

「1か月前、俺が蹴落とした。そいつの名前はりょうだ」

 樹が「トワイライト」に入店したときから、稜はナンバーワンの座についていた。それから3年かかって、樹が稜からナンバーワンを奪った。

「稜・・・・・・」

 そういえば、結姫からかかってくる電話の端々にそんな名前を聞いたことがあるのを、光姫は思い出す。

「今、どこにいるの」

「さあな」

 稜は、1か月前から、店に来なくなった。結姫のこともあって、逃げるように姿を消した。ナンバー2に甘んじることになったとはいえ、まだ稜目当てのお客は大勢いたのに、稜はそれを、あっさりと捨てたのだった。

「俺も探してる。だけど、行方は分かっていない。夜の世界にいるのは間違いないんだ。結局あいつは夜にしか生きられない男だから」

 光姫は、ナンバーワンだった男を「あいつ」と容易く呼ぶ樹に、底知れぬ恐怖を感じた。ゾワッと、肌を撫でる冷風みたいのがざわついた気がして、視線を落とすと、ドレスを纏っていない素肌に鳥肌が立っていた。

「あんた、お姉ちゃんの何なの?」

 声が震えるのは、目の前の男を恐がっているせいだろうかと光姫は思う。姉のために東京までひとりで出てきた自分よりも、稜を堕とした樹のほうが、結姫を奪われた憎しみは強いのかもしれない、と。

 樹は光姫を見た。さっきとは逆に、今度は樹が、光姫を見下ろす格好で、

「結姫は、俺が愛した女性ひとだった」

 そう言って、「今もだけどね」と加えて、笑った。



 *  *  *



 光姫がキャバクラで働くことになったのは、樹の提案だった。

「稜を探すなら、“釣り”が一番確実かもな」

「釣り?」

 そう言って、樹は光姫に、「ユーキ」と名付けた。

「お前が『ユーキ』として夜の世界で有名になれば、稜は『結姫』だと勘違いして、姿を現すかもしれない。いや、そうじゃなくても、どこから稜の情報が入ってくるか分からない。客を操れ。ナンバーワンになれば、相応の客もついてくる」

 樹は光姫にマンションの一室を与え、「フルムーン」を紹介した。

「長期戦ね・・・・・・」

 光姫はマンションのベランダから、空を見上げた。

「まずはナンバーワンだ。俺を追って来い。愛を引き取るのも、それからだ」

 当時、5歳だった愛は、施設にいた。調べたところ、稜が愛を、施設に置いていったらしい。光姫はすぐに引き取りに行こうとしたのだが、経済力の不足から、樹が止めたのだ。

「結姫と、愛のために、死ぬ気で働くんだ。それこそ、稜に貢いでいたころの結姫のようにな」

 そう言った樹を、光姫は何も言わず、睨んだ。その瞳に樹は何かを感じ取って、にやっと口元を緩ませた。


 ――こいつならナンバーワンを獲れるかもな。


 結姫にはない魅力。妙な期待と予感が、樹の頭を過ぎった。

「明日が初出勤だ。その前に、お前はやらなきゃいけないことがある。今から俺のマンションに行くぞ」

 樹は光姫を連れ出し、マンションで、家のカギと、携帯電話を渡した。

「この家のカギだ。おまえに渡しとくよ。いつでもこのカギを使って好きに入ってきていい。俺のアドレスも教えておく」

 樹は光姫を抱き寄せて、言った。

「俺が、お前をちゃんと見ててやるから。だから、頑張れよ。ユーキ」



 ユーキの生まれた瞬間。






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