94 三つ巴
目的を同じくして来た3人が、ユーキを除いて、三角形を作るように立っている。
東堂、樹、そして、俳優の夏野心。
心はユーキに会いに「フルムーン」へ向かっていたところ、華街に入ってすぐ、ユーキの姿を見つけて走ってきた。
「あれ、東堂さんじゃないですか。何でここに?」
現場で会うことの多い朱葵と心。もちろん心は、東堂のことも知っている。
「夏野くんこそ、どうしてここにいるんだ」
心はドキリとした。事務所こそ違うが、東堂の敏腕ぶりは耳にしている。そんな東堂が、自分のマネージャーにでもなったように感じた。東堂は心を、追及の眼差しで見ていたのだ。
「いや、俺は・・・・・・」
心は言葉を詰まらせる。
「心さん、遊びにいらっしゃったんですか?」
と、ユーキは不意に尋ねた。ここは華街、キャバクラ通りだ。ピカピカ通りからもネオン輝く店たちが見える。そんなところを、まさか知らないで通ることはないだろうと思ったのだった。
「・・・・・・お知り合いですか?」
東堂は、心に対するユーキの態度に疑問を持つ。
「え? あぁ、最初に朱葵くんがお店に来たときは心さんも一緒で・・・・・・」
「『朱葵くん』?!」
あっ、と、ユーキは思わず声を上げた。心の前で、朱葵を「くん」付けで呼んでしまった。ドラマのときだって、周りを常に気にして「朱葵さん」と、呼んでいたのに。
「ユーキさん、いつの間に朱葵と仲良くなったんですか?」
心はほんの少しの疑惑を持って、言った。
「え? 仲良いってほどではないんですけど・・・・・・」
心の中の焦りを、ユーキは顔に出さないように必死で隠す。だがそれ以上言葉は見つからず、その間に、心の疑惑はどんどん増していく。
すると、東堂が、言った。
「僕が言ったんですよ。『朱葵さん』はあまり朱葵のイメージではないですから」
「東堂さんが?」
「ええ。朱葵はまだ若いし、ユーキさんに『さん』付けされるほどではありません」
東堂の助言もあって、心は納得の表情を見せ、ユーキもほっと胸を撫で下ろした。
「ユーキ、俺は帰るわ」
と、突然に樹が言った。
「え、樹?」
「あとで電話する」
「あ、うん。分かったわ」
ユーキが答えると、樹はふうーっと長い煙を吐き出し、咥えたタバコをピンッと弾き飛ばした。
「じゃあな」
足元に落ちた短いタバコは音もなく潰され、中身のフィルターが悲しく散っていた。
樹のベンツが完全に消えていったあと、心が言う。
「今のが、樹さんって人?」
「え、心さん知ってるんですか?」
「うん。こないだドラマのときにキャバクラ嬢の人たちから聞いた。ユーキさんの恋人だって」
その言葉に、ユーキはあぁ、と声を漏らし、東堂はえっ、と驚きの声を上げた。
ユーキはそんな東堂に気づき、すぐに訂正しようとする。
「いえ、違うんで・・・・・・」
言いかけて、はっとした。東堂だけにならまだしも、心もいるこの状況で「樹とは恋人じゃない」と言ったら、何か面倒なことが起きるのではないかと感じたのだ。
そうとは知らず、東堂は、否定しないユーキに、嫌悪感を抱く。
「僕はこれで失礼します」
そう言って、足早に去っていく。
「え・・・・・・。ちょっと待ってください、東堂さん」
カツン、とヒールが鳴り、ユーキが東堂を追って駆け出す。ユーキがスーツの袖を掴むと、東堂は、言った。
「僕には、あなたのことがよく分かりません」
ユーキは、何も言えなかった。
かわりに、東堂が車で去ったあと、ぽろぽろと、頬に涙が零れていった。