93 「好き」よりも強い絆
ユーキと東堂は向かい合ったままだった。
見つめあっていた。視線は相手に向いているのに、その瞳にはお互いが映っていない、そんな、“見ているだけ”の状態で。
そこの空間に、コツン、コツン、と靴の踵が響いてくる。高級なブランド靴特有の音。ユーキは、それの持ち主を知っている。
「よお、ユーキ。お出迎えか?」
全身まっ白のスーツに身を包み、足元にも白いエナメルの靴が輝いている。風に煽られた髪が逆立ち、なおも笑顔で突き進んでくる男。それは、樹だった。
「樹・・・・・・」
樹は、ユーキと同時に自分のほうを振り返った東堂に気づいた。
「あぁ、悪い。見送り中だったか」
と、東堂に一礼する。
「樹。この人は、朱葵くんのマネージャーの東堂さん」
今度は東堂が挨拶を返し、素早く名刺を手渡すと、樹がクッ、と、笑みを零した。
「あぁ、すいません。マネージャーってどこの世界も同じなんだと思ったら、つい」
低姿勢な東堂の姿は自分の店のマネージャーと同じで、樹は右手で口元を覆い隠す。
「ちょっと樹。失礼でしょ」
「いいえ」
すると、樹はスーツの内側を探る。
「自己紹介がまだでしたね」
と言って、自分の名刺を胸元から取り出した。
トワイライト 樹
それだけが書かれた名刺を、東堂は声に出して読む。
「ホストクラブですか」
東堂は思いつく。
「もしかして、朱葵が役作りに協力してもらったのって、」
「あぁ、そんなこともあったかな」
と、樹が懐かしそうに思い出す。
「その節はお世話になりました」
東堂は頭を下げる。そして、気づいた。もうそのころから、朱葵はユーキと繋がっていたのか、と。
「今日は遅いのね」
「まぁな」
「お店はいいの? この時間、樹なしじゃいけないでしょ」
「大丈夫だろ、1日くらい」
「もう、樹ったら気まぐれすぎよ」
気だるい姿勢で立っている長身の樹と、その横で樹が咥えているタバコをすいっと取り上げるユーキ。「吸い過ぎよ」と怒りながら上目遣いで樹を見上げるユーキと、仕方なそうに呆れて溜め息を漏らす樹。
そんな2人の姿を、東堂は戸惑いながら見ている。2人のやりとりから、2人の間に流れる空気はとても親密なものだと、分かる。
――恋人・・・・・・じゃないんだよな・・・・・・。
ユーキは朱葵のことが好きだと、さっき本人にも確認したばかりだ。しかも、自分はその想いの強さを認めつつある。
なのに、ユーキと樹の間にある、この、「好き」よりももっと、強く結びついて見える絆。
周囲が恋人と勘違いするのも無理がない。それほど、2人は信頼し合っているように見えるのだ。いや、実際に、そうなのだろうけれど。
と、ユーキが東堂に声を掛ける。
「ごめんなさい。この人、毎週冷やかしに来るんです」
ユーキは樹を指差して、苦く笑った。
「おいユーキ。ちゃんとできてるか見に来てやってんだろ」
「だったらお店の女の子に接客用の顔するのやめてよ」
「さぁ? そんなつもりないけどな」
「またそうやって誤魔化して――」
2人はまた、東堂をそこに置いたまま言い合っている。だけど東堂は、そこに入れない。
――朱葵。お前だったら、この2人の中に入っていけるか?
東堂は、心の中で、朱葵に問う。
ユーキと樹の「愛」を超えられるか、と。