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91 待っている

 平日、朝早くの高速道路は空いていて、なお、スピードも速かったせいか、午前のうちに戻ることができた。青山通りは相変わらず交通量が激しいが、朱葵のマンションの近くに、何とか車を停車させることもできた。

「うん。先行き好調じゃない」

 ユーキはギアを捻りながら、満足したように話す。

 別れはもう、始まっている。少なくとも、ユーキの中では。

「もう、着いたんだ」

 一方、朱葵は、ユーキとは対照的に、落ち込んでいた。

 まだ別れたくない。今別れることは、永遠の別れと等しい。

 心の中で、恐怖が渦巻き、絡まり出す。

「朱葵くん、そんな顔してないで」

 ユーキは困ったように言った。まるで子供みたいだ、と思う。母親の愛情を必死に追い続けている、幼い子供。


 ――あぁ、そうか・・・・・・。


 ユーキは、はっとした。

 朱葵には親がいない。詳しくは知らないけれど、朱葵は親の愛情を受けずに捨てられたのだと、言っていた。朱葵は、ユーキにそれを重ねているのかもしれない。

 ユーキは、ふわっと朱葵を包み込んだ。

「大丈夫。あたしは朱葵くんの傍にいるから。あたしは“ここ”にいるわ。朱葵くんが迎えに来てくれるのを、あたしは、“ここ”で待ってる」

「俺が、ユーキさんを迎えに・・・・・・?」

 朱葵はユーキに抱かれたまま、きょとんとしている。

「そうよ。朱葵くんが来てくれないと、あたしは動けないんだから。だから、早く迎えに来て」

 ユーキはそう言うと、朱葵から体を離した。

 孤独に生きてきた朱葵。だけど、ユーキという温かな存在に出会って、その居心地の好さを知って、いつの間にか、孤独を恐れるようになってしまっていた。

 ユーキは、そんな朱葵の、心の不安に気づいた。だから、言ったのだ。「待っている」という、孤独を消し去るひとことを。

「・・・・・・そっか。ユーキさんは、俺が迎えに行かなきゃだめなんだ」

「そうよ。それを思ったら、映画なんてすぐに終わるわよね。期待してるから」

「任せて!! 絶対早く終わらせてくるから」

 自分なしでは、ユーキは動けない。


 ようやく朱葵に、笑顔が戻った。



 *  *  *



 午後6時過ぎ。ユーキはタクシーに乗って、「フルムーン」に向かっていた。休みあとの今日は、ミーティングにも参加する予定だ。

 車は早くも六本木に入る。キャバクラ街でもないのに、六本木の街はいつも華やかだ。窓に反射する光は、鮮やかに色付いて映っている。

 この機械的な光たちを普通に見られるようになったのはいつからだっただろうかと、ユーキは不意に思う。

 この世で一番綺麗だったあの夜明けを思い出せなくなったのはいつからだっただろうか、とも、考える。

 

 ――今さらよね。


 ユーキは、ふっ、と笑った。過去を思い出すのは好きじゃない。思わぬところまで記憶を呼び戻してしまうから。思い出したくない記憶が、頭を離れなくなってしまうから。

「はい、着きましたよ」

 ピカピカ通りにタクシーは停車し、ユーキは「ありがとう」と一礼すると、「フルムーン」へと歩いた。

 六本木の中でも群を抜くキャバクラ街、通称「華街はなまち」。誰が言い出したのかは分からないが、そう呼ばれるようになったのは、ユーキがナンバーワンになってからだと言われている。

 どの店のキャバ嬢も、ユーキが颯爽と歩くのを、憧れの眼差しで眺めている。


 ユーキの、ナンバーワンの貫禄は、いまだに失われていない。






明日の更新は深夜(16日になってから)になります。

1時ごろまでには更新したいと思っているので、よろしくお願いします。

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