表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/172

84 別れの秘密

「吉倉……結姫さん?」

「そう。『フルムーン』に入店したとき、あたしはユーキとして生きていくことを決めた。……お姉ちゃんもね、六本木ではないけど、キャバクラで働いていたことがあるの」

 朱葵は、ユーキの口から告げられるその事実を、ただ、受け入れるしかなかった。

「顔はあたしとそっくりなのに、性格はまるで違うのよ。あたしは冷静に物事を考えてから行動するタイプだった。でも姉は、とにかく突き進んじゃうの。危険かどうかも確かめないで」

 ユーキは懐かしく、過去を思い出しているような目をする。


 ――だから、あんなことになってしまったの……。


 その言葉は心にしまい込んで、ユーキは、続けた。

「姉は働いてる期間もそんなに長くなかったし、要領も悪いから、ナンバーワンとまではいかなかった。だけど、夜の世界では有名だったの」

「なぜ?」

 朱葵はふと、疑問に思う。

「それは今必要じゃないわ」

 ユーキはそう言って答えを拒絶し、話を続けた。

「あたしがこの世界に入ったのは、ある人を見つけたいからなの。その人は、姉と深く関わっている人。『ユーキ』っていう名前を聞いたら現れるんじゃないかって、思ってる。だから、あたしは姉の名前を名乗ってるの」

 この言葉にもいくつか、曖昧に流された謎があった。やはり朱葵は疑問に思ったが、それも「今必要じゃない」のだろうと、悟った。

「愛ちゃんに聞かれたとき、あたし、ちゃんと答えられなかった。あたしは何て呼ばれたいんだろうって、思ったの」

 誰もが呼ぶ源氏名か、絆で結ばれている人だけが呼ぶ、本名か――。

「あたしは、今のままがいい」

「『ユーキさん』って?」

 ユーキは、コクン、と頷く。

「あたしが朱葵くんと出会ったのは『ユーキ』としてだったから、そのままがいい。朱葵くんに素顔を見抜かれた『ユーキ』のままで、朱葵くんのそばにいたい」

 肩に込められた力はいつの間にか緩んで、ユーキの手は、朱葵の肩にそっと、乗せられていた。その温もりから、ユーキの想いが伝わってくる。

「ユーキさん」

 朱葵は振り向き、ユーキの手を取る。

「名前を教えて」

「え?」

「あなたの本当の名前。覚えておきたいんだ」

 その言葉に、ユーキは戸惑った様子だったが、朱葵がぎゅっと両手を握ると、それを強く握り返して、小さく言った。

「光姫――。吉倉光姫よしくらみき

 そしてユーキが優しく微笑むと、朱葵も、笑みを返した。



 


午後10時。眠るにはまだ少し早く、今度は朱葵が、ユーキのマッサージを始めた。

 腰が痛い、というユーキのリクエストで、朱葵は、布団に寝そべったユーキの腰を揉む。

 ほっそりとしていて、だけど程良く肉付きがいい。腰の細さで、ユーキの体のラインが分かる。

「ユーキさんって細いよね。ご飯、ちゃんと食べる人なのに」

 さっきの夕食も、ユーキは残すことなく平らげていた。

「朱葵くんだってそうじゃない」

「俺はジムとか行ってるし」

「あたしは元々太りにくい体質なの。運動もしてないわ」

 顎を手の甲に乗せながら、ユーキは気持ちよさそうに目を閉じている。

「運動しないの? 筋肉つくよ」

「ムキムキな彼女が欲しいなら、スポーツ選手にでもアタックして。だいたい朱葵くんは筋肉あるの?」

 ユーキはチラリと朱葵の体を覗く。

「ユーキさん、疑ってるでしょ。脱いだら結構あるよ」

 と、言ってしまってから気づく。このひとことで、2人の間の空気が、変わってしまった。


 ――脱いだら、なんて、口にすることじゃなかった。


 朱葵は沈黙の空間で、ひたすら後悔していた。

 すると、ユーキが突然声に出して、ふふっ、と、笑った。

「え、何?!」

 朱葵は戸惑いながら、言う。

「だって、朱葵くんって本当に見た目と違うんだもの」

 ユーキは笑いながら、ゆっくりと起き上がる。

「どういうこと?」

「女に興味ありませんっていうか、女慣れしてますって感じなのに、中身はすごく純粋なの。大人っぽく見えるけど、やっぱりまだまだ若いのよね」

 くすくすと笑うユーキを、朱葵は衝動的に腕を掴み、そこに押し倒した。

「きゃっ」

 バフッと音を立てて、ユーキは布団の上に仰向けに倒れる。目を開けると、朱葵が真剣な顔をして、ユーキを見つめていた。

 確か、前にもこんなことがあった。朱葵の部屋で、ユーキは同じように、押し倒された。

「どうしたの……?」

 ユーキは冷静に、言った。

「ユーキさん、分かってない。俺は、ユーキさんよりも若いけど、男だよ。女の人に興味だってある。相手がユーキさんなら、なおさら」

 朱葵はそう言って、ユーキの首筋に軽く、唇を触れさせる。

「朱葵くん、離して」

 ユーキは朱葵の腕を振り払おうとするが、さすがに力が敵わない。

「俺じゃ、だめ?」

 ユーキが嫌がる姿に、朱葵は、思わず不安を口にする。

「違うわ。あたしじゃない。朱葵くんのほうが、きっと嫌がる」

「俺はユーキさんを抱きたい。本当はずっと前から、そう思ってた。嫌なわけないよ」

 朱葵がそう言うと、ユーキは、抵抗していた腕の力を抜いた。

 そして、まっすぐに朱葵を見て、言った。

「じゃあ、樹に抱かれたことがあるって、言っても?」

 ユーキの朱葵を見る眼差しは強く、冗談を言っているのではないのだと、悲しくも、朱葵は、分かってしまった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ