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77 冷静な判断

「そうね。別れたほうがいいのかもしれないわね。あたしと、朱葵くん」

 ユーキは、不思議に笑みを浮かべた。

「ユーキ」

「でも、そんなつもりじゃないわよ」

 と、樹が何か言う前に、付け加える。

「分かってたことだもの。芸能人とキャバクラ嬢の付き合いに、こんな問題いくらでもあるって。それで別れるくらいなら、付き合ってやしないわ。そもそも……出会わなければ良かったのよね、あたしたち」

 そう呆れがちに言って、最後に、小さく呟いた。

「でも、もう出会ってしまったんだから、しょうがないけど」

 出会わなければ良かった。でも、出会ったほうが、きっと、良かった。

 樹は安心したようにふぅっと息を吐いて、グラスを手に取る。

「で、どうするんだ、これから」

 そう言って口に運んだグラスを、ユーキはすいっと取り上げて、飲んだ。

「朱葵くんに、会いに行くわ」

 氷の溶け混じった冷たいお酒が、喉の奥へと染み込んでいった。



 *  *  *



「あれ、この番号って・・・・・・」

 その夜、朱葵は家に着いてから携帯を開いた。分刻みの番宣スケジュールのため、今日は携帯に暇を持て余す時間がなかったのだ。

 着信履歴は6件。留守番電話にはしていないから、番号の不在だけが残っている。そのうち3件は非通知で、おそらくイタズラ電話だろう。どこから漏れたのか、前の携帯はイタズラ電話があまりにひど過ぎて、1月に新しく変えたばかり。それでもまた少しずつ、こんな風に非通知の電話がかかってくる。

 他の2件は仕事友達。いつもの遊びの誘いだろうと、朱葵は納得する。

 あと、もう1件。朝の早い時間に、不在が出ている。

 なんとなく見覚えがあるな、と、朱葵は思う。携帯を変えてから教えた人はあまりいなく、電話をかけてくる人は大体決まっている。過去の着信履歴には残っていない。発信履歴にもない。だけど、この番号の並びを、自分は確かに見たことがある。

 結局朱葵は、その番号に掛け直すことをしなかった。

 考えれば、分かっていたかもしれない。ユーキに言われて番号を消すときに、ずいぶん惜しんでいたから覚えているのだということ。そして度重なるイタズラ電話のせいで、10日ほど前に掛かってきたユーキからの電話番号が、消えてしまったのだということ。つまり、その番号はユーキだということに。

 けれど、朱葵は、考えることができなかった。早朝から夜遅くまでの番宣に、わずかな移動時間だけの休憩。体はヘトヘトで、頭も疲れきっていたのだ。


 ――明日はオフだ。全部、明日になってからにしよう。


 ユーキのことを考える暇も与えない。これは、東堂の策略なのだろうか。

 そんなことさえ考えられずに、朱葵は、ベッドの上にドサッと倒れこんだ。





 

 

 翌朝、眠っていた朱葵のもとに、1本の電話が鳴った。

「今日はオフの予定だったけど、急に仕事が入った。今から迎えに行くから、出れる準備だけしておいてくれ。15分で着く」

 なかなか起き上がることができずにいると、今度はインターフォンが鳴った。


 ――もう着いたのか。


 15分で来ると言った東堂。それが実際は5分で着いたなんてことはザラにある。朱葵はモニターを確認せずに、エントランスの自動ドアを開けた。

 東堂が12階に上がってくる間に、身支度を整えなければならない。寝癖のついた髪は帽子で隠し、寝不足で腫れぼったくなった目元はサングラスで隠した。撮影か番宣か、人前に出る仕事かもしれないので、車の中で目の腫れを引くために、冷たいジェルの入ったアイマスクを持った。

 そこへ、玄関のチャイムが鳴った。

 朱葵はロックを開けて、ドアを開く。

「東堂さん? 支度できた・・・・・・」

「おはよう」

「ユーキさん?!」

 開口一番、声の大きさを調節できず、驚いた朱葵の声は12階の通路に響き渡った。

「どうしたの?・・・・・・っと、とりあえず、入って」

 叫び声に反応したのか、隣の部屋のドアが開く気配がして、朱葵はユーキの腕を引き入れた。

「出かけるところだった?」

「うん、これから仕事・・・・・・って、まずいよユーキさん。今、東堂さんが迎えに来るんだ」

 久々に会えたのだという感覚も忘れて、朱葵はユーキの前で、ひとり混乱した。

「久しぶりね、朱葵くん」

 焦る朱葵を、ユーキはくすっと笑い、言った。

「どうしたのユーキさん。もうすぐ、東堂さんが来るんだよ?」

 冷静にしているユーキを、朱葵は不思議に思う。

「知ってるわ」

「2人でいるの、見つかっちゃうんだよ」

「それも分かってる」

 ユーキは朱葵の問いに、すらすらと答えていく。

「ユーキさん、どうしたの?」

 ユーキの冷静さに、朱葵も、落ち着いた口調になる。

 見つめ合ったまま、ユーキは手を伸ばし、朱葵の両手を掴んだ。

「朱葵くん。あたしたち、東堂さんに見つかっちゃいましょう」





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