71 プレゼントに込めた想い
場面展開の多い回です。非常に読みづらいです(泣)
「そういえば、これ」
「え?」
ユーキはキッチンに置いてあった包みを渡す。
「1日遅くなっちゃったけど、バレンタイン」
「あ、ありがとう」
包装はリボンで巻かれているだけの簡単なもので、それを解くと、すぐに箱が開けられた。
最近は包装も凝っているものが多いのに、と思いながら、朱葵は箱のフタを開ける。
「え、これ・・・・・・」
まさか――のことに、朱葵は驚きを示す。
「もしかして、ユーキさんの手作り?」
ユーキは気まずそうに俯いて、少しだけ顔を上げると、「うん」と、照れながら頷いた。
なぜ手作りになったのか、というと・・・・・・。
バレンタインの一週間前に遡る。
ユーキは有紗とともにデパートで、朱葵へのバレンタインチョコを探していた。
「あれに決めた!!」
と、突然ユーキが指差した方向には、チョコ作りの実演をやって見せている姿があった。
「えぇ、手作り?! ユーキさん、本気ですか?!」
手作りは高校生まで、と思っていた有紗は、信じられない様子でユーキを見た。
「やっぱりこの歳で手作りは恥ずかしいかしら」
まだ24歳。だけど、バレンタインをうきうきして迎える時代は、もう通り過ぎてしまったのかもしれない。中学生の頃のように、好きな人のためにチョコを作るドキドキ感も楽しさも、きっと今とは、違う。
それでも、自分の気持ちが一番伝わるのはやっぱり手作りなんじゃないかと思う。なかなか会えなくて気持ちを伝えにくい分、こういうときに伝えたい。ユーキは、そう思った。
「いえ、そんなこと・・・・・・。でもユーキさん、時間あるんですか?」
「そうなのよね。結構同伴の約束が入ってて、暇があるかどうか・・・・・・」
バレンタインまであと1週間。うち4日は出勤前にお客と会う約束をしている。他の日には、ドレスも買っておきたい。チョコを作る時間なんてないのは、すでに明らかだった。
「でも作りたいの。大丈夫、なんとかなるわ」
ユーキはそう言って、板チョコと、箱とリボンだけを買ったのだ。
「お菓子なんて作るの久しぶりだし、時間もあんまりなくて。結局凝ったものは作れなくて、普通のクッキーになっちゃったんだけど」
プレーンとチョコ、2種類の丸い形のクッキーだった。
「朱葵くん?」
朱葵は箱を開けたときから黙ったままで、ユーキは、顔を覗くようにして声を掛けた。
「もしかして、がっかりしてる? ごめんね。やっぱり買ったほうがよかっ・・・・・・」
ユーキがまだ言い終わらないうちに、朱葵がユーキの肩を自分のほうに抱き寄せた。
「ありがとう。俺、こんなに嬉しいプレゼント、初めて」
きつく抱きしめられた腕の中で、ユーキはそっと目を閉じて、その心地良い束縛をいつまでも感じていたいと思った。
と、ユーキが浸った途端に、朱葵はユーキを離した。
「あ、俺もあるんだ」
「え?!」
ユーキはもの惜しく言った。
「これ」
「なに?」
「誕生日プレゼント。俺も1日遅くなったけど」
「え・・・・・・」
言葉にならないほど、驚きが喉の奥まで駆け巡っている。朱葵の忙しさを知っていたユーキは、思いがけず用意されていたプレゼントに、ゆっくりと手を伸ばす。
「・・・・・・ありがとう」
紙袋の中に、さらに丁寧な包装。その包みの中に、さらに、箱。
ユーキは、子供のころに両親からもらったマトリョーシカを思い出す。女の子の木製人形の中をあけると、一回り小さな人形が入っていて、その人形をあけると、また一回り小さな人形が出てくる、という、ロシアの伝統的な民芸品。
「一番小さなマトリョーシカに、願いをこめて息を吹き込んで閉じこめたら、願いが叶うという言い伝えがあるのよ」
そう母に言われたユーキは、一番小さな女の子に願いごとを閉じ込めた。
「家族がみんな仲良しでいられますように」と。
幼いころの願いは、姿を変え、形を変え、今も、ユーキの中で、生きている。家族が離れ離れになってしまった今だからこそ、ユーキは何よりも強く、そう願っている。
マトリョーシカは今も、両親の住む家に、眠っている。
「あ・・・・・・」
紙袋の中の包みの中の箱から出てきたのは、ガラスでできた写真たてだった。
「きれい・・・・・・。これ、ガラス?」
「そう。イタリアの有名なガラス職人が作ったものなんだって。世界にひとつしかない写真たてなんだ」
「うそ・・・・・・?! もしかしてものすごく高価なもの?」
世界にひとつしかないと言われたら、疑うことなく納得してしまうほどの素晴らしさを、それは持っていた。
「まさか」
朱葵はふっ、と笑う。
「それを手に取ったとき、お店の人が教えてくれたんだ」
朱葵は、店主から聞いた話を、ユーキにも、話した。
「これは、その中で俺が一番ユーキさんにあげたいと思ったもの」
それは、泣きそうな表情とちぎれた羽を持っている、完成度で言えば、4つの中で一番“出来の悪い”ものだった。
「これだけが、天を見上げているような姿をしてたんだ。それがユーキさんに一番似合ってた。これに2人の写真を入れて、ユーキさんの部屋に飾ってほしい」
朱葵は、お店で写真たてを見つけたとき、思った。
リビングにも愛の部屋にも溢れていた、家族の写真。それらはきっと、ユーキの“愛しい人達”なんだろう。それなら、自分もそこに、加わることはできないだろうか、と。
「朱葵くん、ありがとう」
ユーキはゆっくりと朱葵に近づき、ベッドで触れ合ったときのように、そっと、唇を重ねた。
朱葵もそれを受け入れると、キスは、激しさを増した。
その下で2人の両手は重なり合い、落とさないようにと、ガラスの写真たてを守っていた。
マトリョーシカのくだりはいらないんじゃないかと思うかもしれませんが、あとあと家族の話は重要になってくるので、このまま掲載します。