69 寝室
「さてと」
朝食の片付けも終わり、いつもならユーキは昼過ぎまで寝る・・・・・・のだが、今日は朱葵が来ているので、どうしようか考えていた。
「朱葵くん。あたしこれからちょっと寝たいんだけど」
夜も仕事なので、さすがに眠らずに行くことはできない。ユーキは朱葵と過ごす時間を惜しみつつ、言った。
「俺も寝たいんだよね。ラジオ終わってそのまま飯食いに行ったから寝てないし」
朱葵も欠伸を噛み殺しながら、辛そうにしていた。
「何だ、そうだったの。どうする?」
「ユーキさんが良ければ、寝ていってもいい? 一緒にいられる時間は大事にしないとね」
ユーキはもちろん、という顔をして、答える。
「朱葵くんは・・・・・・じゃああたしが愛ちゃんのベッドに寝るから、あたしのベッド使って」
「え? いいよ。俺は愛ちゃんのベッドでも」
「だめ。朱葵くんの体のサイズに合ってない」
身長178センチのすらっとした長い手足の持ち主に、160センチほどしかない愛のベッドで寝ろとは、さすがに言えない。
「ソファでもいいし」
「もっとだめ」
リビングの真ん中にあるL字型のソファは、200センチはあるかもしれないけれど、そのうち60センチほど、折れ曲がっている。
「ユーキさんにだって愛ちゃんのベッドは小さいよ」
「朱葵くんほど足はみ出さないわよ。それに、あたしは何度か寝たことあるから」
「でも・・・・・・」
遠慮する朱葵に、それなら、と、ユーキは言った。
「じゃあ、一緒に寝る?」
朱葵は一瞬、耳を疑った。
結局、その発言が決定打になり、2人は一緒に寝ることになった。
ユーキが寝室でパジャマに着替えている間、朱葵はリビングに残された。ただひとつのベッドで寝るだけ――なのに、朱葵はどこか落ち着かない様子で、ソファに座りながらも、辺りをキョロキョロと見回したり、妙にそわそわしていた。
「朱葵くん。いいよ、入って」
ユーキがドアを開けて、朱葵を呼ぶ。
「ごめんね、こんな格好で。じゃああたし顔洗ってくるから」
そう言って、ユーキは髪を束ねながら、洗面台へ向かった。
「失礼します」
誰もいない寝室に、朱葵は断りを入れて入る。
そういえば、ユーキの部屋に入るのは2度目。前に入ったのは、具合の悪いユーキを連れてきたときだった。そこで下着姿のユーキを見てしまったのだと、思い出す。
――何思い出してるんだ、俺。
脳裏に焼きついてしまったあのユーキの姿を、朱葵は一瞬で打ち消す。
何とかして緊張を拭い去ろうと、朱葵は部屋を見回した。陽射しのよく当たる、明るい部屋。備え付けの大きなクローゼットと、ダブルベッド。腰の高さにあるチェスト。その上にはいくつか写真たてが飾られている。
確か、愛の部屋にも写真がたくさんあった。そう思いながら、朱葵は写真に手を伸ばす。
よく似た姉妹。ユーキと姉のツーショット写真が多いのを、朱葵は少し不思議に思う。
「どうしたの?」
そこへ、ユーキが戻ってきた。
後ろでまとめていた髪をばさっと解き、タオルで顔を拭く――それがとても無防備で、朱葵はさらに緊張する。
「あ、これ。お姉さんと仲良いんだ」
と、朱葵は写真たてを差す。
「うん、昔からケンカとかしたことなくて。すごく仲良かったの、私たち」
「そうなんだ。いいね」
朱葵は羨ましそうに、写真を眺めた。
「俺は兄弟とかいないから、そういうのってよく分からない。ドラマでさ、兄弟の役もあるんだけど、すごく苦手。感情が出し切れないんだ」
ユーキは、朱葵の言葉を黙って聞き入れる。
「家族の絆って、きっと一番強いものだと思うな、俺」
まるで、自分は部外者であるかのように言う朱葵。ユーキはゆっくりと、頬に手を伸ばす。
「・・・・・・寂しい?」
「寂しくないよ。だけど、」
家族なんて、いらない。
自分を捨てた親のことなんて、知らない。どうなっててもいい。
なのに。
この、不安。胸のうちに渦を巻いているこの不安は、何だろう。
「だけど、不安なんだ」
「不安?」
家族がいるユーキと、いない自分。
絆を知っているユーキと、知らない自分。
この違いが、いつか自分を苦しめるだろうという、不安。