6 再会
やっと朱葵も物語に加わってきました。今回から2人の関係が深まっていきます。
「どうも」
目の前に立っていた朱葵は、ユーキに声をかけた。
「朱葵さん?」
「覚えてるんだ」
「もちろん覚えてますよ」
芸能界に疎いユーキでも、一度来た客は忘れない。
「どうしたんですか?」
ユーキは、タオルをぎゅっと掴みながら言う。
もう二度と会わないかもしれないと思っていた朱葵と、もう一度会ってしまった。
ユーキの心は、たちまち不安に苛まれた。
――なんでここにいるの?
そう聞きたくて、だけど、言葉が出なかった。
すると、朱葵が言った。
「ユーキさんに、会いに」
ユーキは、どきっとした。その言葉が、嬉しかったんじゃなくて、恐かった。
もしかしたら本性についてなにか言われるのか、なんてことを考えていたのだ。
けれど、朱葵から出た言葉は、全然想像もつかないようなことだった。
「俺に、夜の世界のことを教えてほしいんだけど」
* * *
「ユーキさん、お待たせ!!」
「朱葵くん、30分遅刻なんだけど」
再会した夜から1週間後に、ユーキと朱葵は、新宿駅南口を出てすぐのカフェで待ち合わせをしていた。
待ち合わせは夜8時だった。ユーキは職業柄、待ち合わせの10分前には必ず来るようにしている。相手が誰でも、だ。
朱葵もまた、職業柄、待ち合わせには遅れることが多い。自分のせいではなくても、だ。
「俺から時間指定しておいて、ごめんなさい。お詫びにここは俺がおごります」
朱葵は遅刻の理由を仕事のせいだと言わない。それが言い訳にしかならないことを、よく分かっているのだ。
「そう? じゃあ、ケーキ頼んじゃおっと」
「え? マジ?」
ユーキはそんな朱葵の好意に素直に甘える。こういうときに遠慮するのはかえって悪い。それをちゃんと、分かっている。
「ユーキさん、今日は仕事?」
「ううん、せっかくだから休みにしてもらったの」
「本当?!」
「本当よ」
「もしかして、それ、俺のせい?」
「最近休みなしだったから、そろそろ休まないといけなかったの」
ユーキは運ばれてきたフルーツタルトにフォークを入れた。
「それに、今日は朱葵くんに付き合うって決めたから」
あの日、夜の世界を教えてほしい、と朱葵は言った。なんでも、1月からのドラマはホストクラブが舞台で、朱葵は主役の新人ホスト役なのだそうだ。
「夜の世界に浸かっていく、その感覚とか、知っておきたくてさ。それで、思いついたのがユーキさんだったから」
と、朱葵は続けた。
「でもあのとき、朱葵さんってなんか連れてこられたって感じだったけど」
「うん。ドラマの雰囲気を見ておくためにって、顔合わせのあとに無理矢理。だけど、やるからには俺もその世界に飛び込まないとね」
そういえば、朱葵は若手俳優の中でも特に抜け出た存在で、今、最も注目されているのだと、ユーキはヘルプの女の子から聞いていた。
それにはやっぱり並外れた努力が必要で。今もこうして、全く知らない世界を知ろうとしている。
ユーキも今の地位を得るために苦労してきたから、自分と同じ朱葵に、つい、力を貸してしまいたくなったのだった。
「・・・・・・それなら、私よりも適任者がいるわ。夜の世界に、どっぷりと浸かったホストが」
そして、今日はユーキが朱葵に、そのホストを紹介することになっていたのだ。
「そろそろ行こっか。9時ごろ行くって言ってあるし」
「うん。よろしくね、ユーキさん」
ユーキはどきっとした。そう言った朱葵は、笑ったのだ。普段のクールさとは相反した、少年のような満面の笑みで。
初めて会ったときの射るような目つきと、今見たような、年下らしい可愛い顔つき。ユーキはそんな朱葵の魅力に少しだけ心を揺らされたまま、歌舞伎町のゲートをくぐっていった。