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67 2月14日の夜

「ごめんなさい」


 そう言ったのは、2人同時だったかと思う。

 結局、時の流れと自分のするべきことには敵わなくて、2人が選んだのは――。



 *  *  *



 バレンタインの夜。「フルムーン」では、ユーキの誕生日パーティが開かれた。

「ユーキさん、おめでとうございます!!」

 キャバ嬢たちの盛大なお祝いと、次々に来店してくるお客。

 前日も、午前12時を迎えたときに突然鳴ったクラッカーの音から、パーティが始まった。常連客はもちろん、遠くからわざわざやってくるお客もいる。

「ありがとうございます」

 ユーキは1人ひとりに挨拶して回ると、プレゼントを受け取り、お礼にと、バレンタインチョコを渡す。

「今日はユーキちゃんの誕生日なんだから、いいのに」

「私から何かあげられるなんてバレンタインだけなんだから、もらってください」

 そうユーキが言うと、お客は必ず、後にこう加える。

「ユーキちゃんにはいつも元気をもらってるんだよ」

 そして、ユーキは笑う。


 パーティはその日を跨ぎ、ユーキの誕生日もバレンタインも終わったが、そこだけ時が止まっているかのように、賑やかに声が響いていた。



 *  *  *



「ねぇ。俺、帰ってもいい?」

 車の後部座席に寝転んで、朱葵は言う。

「あほか。これからラジオだろ」

 東堂がバックミラーに目をやると、朱葵が珍しく気だるそうにしていた。

「どうした朱葵。いつもは文句言わないのに」

「・・・・・・今日は行きたいところがあったんだよ」

 ユーキのところへ――。

 一緒に誕生日を祝いたかった。プレゼントを渡して、2人で幸せな時間を過ごしたかった。



 だけど。



「ごめんなさい。14日は仕事で・・・・・・」

 2人が電話越しに告げた言葉は、悲しくも、重なっていた。

「・・・・・・朱葵くんも?」

 ユーキは小さく呟く。

「・・・・・・うん。ユーキさんも?」

「・・・・・・うん」

 ユーキは誕生日とバレンタインデーだから、店を休むことなんてできない。特に、誕生日は店の売上もいつもの倍以上になるから、オーナーがそれを許さない。

 朱葵も、今日はバレンタインデーということで、ラジオの生ゲストとして呼ばれていた。バレンタインスペシャルと題して、「チョコをあげたい芸能人TOP10」のうち上位5名が恋愛トークをする、というものだった。

 朱葵は、その第3位に選ばれていた。1位はシンガーソングライターの快斐かい、2位が俳優の夏野心なつのしん、3位が俳優の青山朱葵あおやまとき、4位がアイドルグループ「sai-sin」のまこと、5位は同じく「sai-sin」の悠輝ゆうきだった。6位から10位には俳優、アイドル、歌手はもちろん、お笑い芸人なんかもランクインしていた。

「どこだよ、行きたいところって」

「別に。行けないならいいよ」

「もしかして、六本木じゃないだろうな?」

 東堂が揺さぶりをかける。一時はユーキとの仲を疑い、けれどユーキにその気はないと安心したのだが、まだ断定はできなかった。最近の朱葵を見ていると、どこか妙だ。「フルムーン」でのロケ最終日、初めて見た朱葵の弱い姿。あれに、何か隠されている。

 東堂の疑いは、ユーキとの関係にはまだ繋がっていないものの、もしうっかり朱葵が油断してしまったら、東堂はその隙を見逃さないだろう。

 だけど、朱葵の守りは、堅く閉ざされていた。東堂への露呈。それはすなわち、幸せな時間の崩壊を意味しているのだから。

「六本木になんか用事ないよ。それより、ラジオってどのくらいかかるの」

「そうだな、打ち合わせと本番1時間。合わせて2時間ってとこか」

「げっ」

 朱葵は明らかな不満の声を漏らした。

 事前に聞いているのは、リスナーからの質問に5人が答えていき、そこから自由に話していくのだということ。朱葵は他の4人と交流もあって、仲は良い。だけどその分、言いづらいこともある。特に、テーマが恋愛なだけに、一緒に参加する心や側で聞いている東堂の前で、ほんの少しのボロも出せない。


 ――緊張の1時間だな。


 朱葵は覚悟を決めると、ふぅっと長い溜め息をついた。そして、携帯を取り出す。


“ユーキさん、お疲れさま。まだ仕事中なんだろうね。俺はこれからラジオに生出演してくるよ。テーマは恋愛だって。最も苦手なジャンルだから大変。明日こそは会えるといいな。また連絡するから”


 メールが送信されたのを確認すると、まだしばらく夜の街を走り続ける車の中で、朱葵は眠りについた。


「誕生日おめでとう」は、言わなかった。本当なら、12時になった瞬間に会いに行って、一番におめでとう、と言いたかった。でも、そのときユーキは仕事中で、朱葵もまた、ドラマの撮影が深夜までかかっていた。12時ちょうどに会うのは無理だと悟って、メールだけでもしようと思った。だけど、それさえも、できなかった。

 きっとユーキは、携帯を握り締めてメールを待っている、なんてことはしていないだろう。店のキャバ嬢たちとたくさんのお客に囲まれて、「ハッピーバースデー」を歌ってもらっているだろう。そして、12時ちょうどに届いていた自分からのメールを、店が閉まってから見るのだろう。

 そう思ったら、気持ちが萎えていくのが分かった。だからせめて「おめでとう」と、直接ユーキを目の前にして言いたい、と、思っていたのだ。


 朱葵は、ひとつ、気づいた。



 できないことがある。


 

 どんなに望んでも、「芸能人」が、「キャバクラ嬢」が、それを邪魔することがあるのだ、と。



 

「チョコをあげたい〜」上位5名は書かなくても良かったんですが、なんだかノリノリで名前考えてました(笑)きっと彼らの出番はこれきりでしょう。

それにしても「sai-sin」って、「最新」ですからね(笑)「KAT-TUN」ぽくしたつもりなのにカッコよくないという。


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