66 プレゼント選び
「よぉ朱葵。何読んでんだ?」
スタジオの隅で、出番のない朱葵は、何やら黙々と雑誌を読んでいた。その真剣さに、ヘアメイクの桐野が声を掛ける。
朱葵は雑誌から視線を外すと、桐野を鋭い目つきで睨むように見た。
「なんだよ」
桐野は一瞬、その目にたじろぐ。
「カズさん、女の人にプレゼントしたことある?」
「は? そりゃまぁ」
「どんなの?」
「はぁ? そんなの女によって違うけど」
「バッグとか、アクセサリーとか?」
「まぁだいたい・・・・・・」
そう言うと、朱葵ははぁ、と溜め息をついた。
「もしかして、ユーキさんにプレゼントか?」
「・・・・・・そう」
「なんでお前がプレゼントするんだよ。もうすぐバレンタインだろ? 男が女にあげるのはホワイトデーだぞ」
「そんなの分かってるよ」
朱葵は拗ねたように言う。
「ユーキさん、バレンタインが誕生日なんだって。だけど、何あげたらいいか分からなくて」
「へぇ、そういうこと」
桐野はやっと理解を示す。
「お前、プレゼントとかしたことないの?」
「男友達にはあるけど、女の人には・・・・・・」
「元カノには?」
「ないよ」
「ないのかよ?!」
桐野は朱葵の付き合っていた彼女を何人か知っている。中には、桐野が紹介したこともあった。いつも長続きはしなかったが、それなりに恋人らしいこともやっていたと思っていた。
「『これ欲しい』とかって言われたことはあったけど、そういうのじゃなくてさ。内緒にしたいんだ」
「へぇ・・・・・・」
桐野はまだ驚きを隠せずにいるようで、相槌を打つだけで精一杯だった。
「カズさん、聞いてる?」
「――っああ。彼女を驚かせたいなら、指輪とかでいいんじゃないか?」
「指輪かぁ」
朱葵はそう言って、考え込む。
「でも、重くない? 指輪って。俺たち、まだそんな関係じゃないしさ」
付き合って1か月。もちろん将来の話なんてしていない。何より、まだお互いのことを何も知らない。プレゼントを考え始めて、朱葵は気づいた。そういえば、ユーキの好みがどんなものか知らない、と。
落ち込む朱葵に、桐野はなぜかまた驚いた様子で耳打ちした。
「そんな関係じゃないって・・・・・・朱葵、お前まさか、まだ・・・・・・」
「え?・・・・・・あ、違うよ!! 俺が言ったのはそういう意味じゃなくて」
桐野が言った意味を理解した朱葵は、急に焦り出した。桐野が言った意味――つまり、体の関係のことを言っているのだと、分かったのだ。
「なんだよ、そんな慌てんなって。ちょっとした冗談だろ」
今度は黙ったかと思うと、朱葵は、恥ずかしさを隠し切れないように、言った。
「・・・・・・だ・・・・・・だよ」
「え? 何、聞こえなかった」
「だから、それもまだだって言ったの!!」
「・・・・・・」
1拍置いて、桐野の声がスタジオに響き渡った。
* * *
バレンタインデーまであと5日。午後2時。朱葵は、桐野と青山にいた。
「だから、昨日は悪かったって」
スタジオ中にこだました、桐野の「えーっ?!」という叫び声。朱葵は、その驚かれ様にひどく怒っていた。
第5話分の切羽詰った撮影がようやく終わり、明けて今日は、午前中だけの撮影で終わった。第6話分は、前に撮り貯めてあった分も含めると、スケジュールにだいぶ余裕ができるのだ。
「そのかわり今日はちゃんと付き合ってやるから。ほら、あっちから回ってみようぜ」
青山通りには小さなお店が立ち並んでいて、どれもセンスのいい輸入雑貨や小物たちだ。なかなかの穴場で騒がれたりしないので、2人の買い物の定番スポットでもある。
何軒か見て回ったところで、それでも決めることができなかった。ある店でテディベアの描かれたペアの茶碗を目にし、ユーキと愛にいいかもと思ったが、やめた。ユーキの誕生日だから、ユーキのためだけに選んだものを買いたかったのだ。
――愛ちゃんには今度誕生日を聞いておこう。
愛の誕生日には、愛のためだけのものを。そして、クリスマスには、ユーキと愛、2人のために。朱葵は、まだ遠い今年のクリスマスにはあのペアの茶碗をプレゼントしようと、心に決めた。
午後4時を過ぎて、立ち並ぶ店は、あと1軒になった。5時には雑誌の撮影に行かなくてはならない。明日からはこんなに時間が空かない。限られた時間の中で、朱葵は決めなければならなかった。
「ここでいいのが見つかるといいけどな」
そこは、普段でも入ったことのないお店だった。通りの一番端にあって、開店しているのか分からないようなお店。よく見ると、「OPEN」の札がかかっていた。
置いてあるものは雑貨がメインで、ちょっとしたインテリアになりそうなものが多かった。ここなら見つかるかもしれない、朱葵はそう思った。
ひとつひとつ丁寧に眺めながら、朱葵は、桐野に尋ねる。
「カズさん。やっぱり、おかしいかな。1か月でまだ・・・・・・って」
「どうだろうな」
自分なら、付き合ったその日にでもありうる。それどころか、付き合っていなくても。
「でも、お前はそれでいいのかもな。それぞれペースがあるから。お互いがお互いを求め合うときっていうのが、みんな違うから」
お互いがお互いを――。
朱葵の心の中に、その言葉が刻印されたみたいに、焼きついた。
――俺とユーキさんにも、いつかやって来るんだろうか。
今はただ、側にいられればよかった。
お互いが求めるのは、「会いたい」という気持ちだけだった。
それが、いつか変わるのだろうか。
お互いが、お互いを、「抱きたい」と。
ユーキのすべてを知りたい。だけどそれは、「体ごと」ではない気がする。
それも、いつか、変わるのだろうか。
ユーキのすべてを手に入れたい。体ごと、すべて。
そう思うようになるのだろうか。
まだ見えない未来に一抹の不安を覚えつつ、けれどその不安を忘れさせるように、朱葵の瞳が、大事そうに飾られていた“あるもの”に、釘付けになった。
「それが気に入りましたか?」
あるガラスの写真たてに手を伸ばした朱葵は、横から声を掛けられた。立っていたのは店の主人。50代くらいの、初老の男性だった。
「きれいですね、これ。他のは置いてないんですか?」
同じ柄のものがあと3つ置いてあって、どうやらその他にはないようだった。
「あるじゃないですか、そこに」
「え?」
主人は朱葵が手を伸ばしかけた棚を見やる。
「これって、全部同じ柄ですよね」
当たり前のように朱葵が言ったのを、主人は優しく笑って、答える。
「全部、違うんですよ。ガラス職人がひとつひとつ手作りしたものだから、どれひとつとして、同じ表情はないでしょう。よく見てあげてください」
朱葵は、ひとつひとつに目を凝らす。
モチーフは天使だろうか。悲しげな表情に、優しい笑顔、勢いのある羽に、ちぎれた羽。どれも、違った姿をしていた。
「温度や天気で、変わってくるものなんですよ。ちょっとした手の揺れでも、形が大きく変わる。だから、世界にたったひとつしかないものなんです。これに限らず、手作りのものはみんなそう」
そう言われて、朱葵は、4つあった写真たての、あるひとつを手に取った。
注意:本文中にある青山通りについての記載は、作者のイメージです。本当にお店が立ち並んでいるかは・・・・・・どうでしょう。