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64 メール

 “おはよう。今、愛ちゃんを送り出したところ。朱葵くんはもう仕事? 最近忙しいみたいだけど、また体壊さないように。ドラマ頑張ってるみたいね。まだ見てないけど、今度、録画しておこうかな。そのときはうちでご飯でも食べながら、一緒に観ようか。じゃあ、またね。”


「メールも電話も苦手だからあまり自分からは連絡しないかもしれないけど」と言って渡されたアドレスから、次の朝、ぎこちないメールが朱葵の元に届いた。

 携帯がブンブンと震えながら音楽を鳴らしたのは、午前8時だった。目覚ましは9時にセットされていて、夢から覚めるにはまだ少し早い時間に、非情にも、メールの着信音が朱葵をたたき起こした。

 低血圧ではないが、この時季はベッドから起き上がるのはもちろん、瞼を開くのだって時間がかかる。

 だが、昨日設定したばかりの“ユーキ専用着信音”が、その日、朱葵の目覚めを一瞬にして良くさせた。

 しばらく携帯を開いたまま微笑んでいたら、そんな自分にはっとして、朱葵はキッチンへ向かった。朝、起きてすぐにシャワーを浴びて、目を覚ます。それが日課となっていたが、今日は、その必要がなかった。朝の冷たい水をコップ1杯分、身体に流し込めば、十分に眠気は飛んでいったのだ。

 

 ――ユーキさんのメールのおかげだな。


 自然と頬が緩んでしまうのは幸せの証だと、朱葵は嬉しさを噛みしめた。

 ベランダに出ると、風が爽やかに髪をさらっていって、気持ちいい。朱葵は携帯を開くと、ユーキのメールをもう一度読み返し、「返信」のボタンを押した。


“ユーキさんおはよう。仕事は10時から。ドラマ頑張ってるから、観てよ。俺は恥ずかしくて一緒には観れないけど、ユーキさんの手料理は食べに行きたいな。次の休みにでも。今日も仕事頑張って。それじゃまた。”


 満足感を十分に得た朱葵は、そのまましばらくベランダに立って風を受け、もうすぐ訪れるユーキの誕生日のことを想っていた。



 *  *  *



 部屋の掃除をして、ベランダで洗濯物を干していると、携帯が鳴った。

「電話かしら」

 着信音は愛が携帯をいじって設定された、けたましく響く黒電話。なぜだか、電話もメールも同じ音になってしまった。変え方の分からない(というか、面倒なので変えることもしない)ユーキは、携帯が鳴るたびに、すぐさま確認しなければならなかった。

 携帯は手にすると、リンリンと鳴っていた音を止めた。どうやらメールだったらしい。

「あ」

 朱葵からの返信。ユーキがメールを送信してから30分後のことだった。

 メールは感情が伝わりにくいので、苦手だ。そう思っていたユーキも、やっと手にした朱葵のアドレスを見ると、メールを送らずにはいられなかった。

 朱葵からの返信メールを、ユーキは何度も読み返す。

「“それじゃまた”か」

 こんな風に、「また」と言い合えることを、ユーキは幸せに思う。

 これまでは、「また」のあとに続く言葉を、2人とも、口にできなかった。「また来週」などと軽く言えない仕事なんだと分かっていたし、「また今度」なんて先の見えない言葉は寂しくなるだけだ。「また会える」と信じていながらも、「また」という言葉が持つ重さを、2人は理解していた。

 でも、今は違う。「またメールする」「また電話する」と、言えるのだ。いつでも、何度でも。

 不確かだった2人の距離。携帯が、2人の気持ちを繋げる。

「いい天気」

 テーブルの上に携帯をそっと置くと、ユーキは再びベランダに出て、残っていた洗濯物を干した。

 気持ちのいい空をしばらく眺めて、今度は愛の夕食の準備に取り掛かる。

 そのあと午後は、「フルムーン」のキャバ嬢たちと、お客のためのバレンタインチョコを買いに出かける予定だった。



 

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