61 噂の真相
「有紗ちゃん、どうしてここに?・・・・・・あれ、樹?」
ユーキは有紗に気づき、その奥でタバコを吹かす樹を見つけた。
「ユーキさん、あの・・・・・・」
何と言っていいものか。
ユーキのことが信じられなくて来た、と? それとも、樹が可哀想だと?
けれど、まだ樹との話は終わっていない。そう考えたら、何も話せる状況ではなかった。
「俺とユーキが別れるんじゃないかって、心配してたんだよ、有紗ちゃんは」
樹はタバコを灰皿に投げると、しどろもどろな有紗に代わって、言った。
「別れるって・・・・・・あ、もしかして、この間のこと・・・・・・?」
ユーキは控え室での出来事に思い当たる。
「ごめんなさい、ユーキさん!! 樹さんにまで言いふらして・・・・・・でも、あたし・・・・・・」
有紗はもうユーキの顔を見ることができない。一旦我に返ると、自分がとんでもないことを言っていたのが甦ってきた。こうして頭を下げている今でも、自分の暴走がフラッシュバックされていく。
「樹さんはユーキさんのことすごく大事にしてるのに」
――なんであたしがそんなこと偉そうに言えんのよ。
「ユーキさんが許せなくなって」
――今までさんざん頼っておいて、恩を仇で返してるわ。
「それよりも樹さんのことばっかり考えちゃって・・・・・・」
――あたし、何言ってるの?! これじゃ告白してるようなものじゃない!!
泣きたかった。泣いて、それで許してくれるなら。いや、そんな思いはすでになく、ただ本当に最低なことをした自分に、泣きたかった。
ユーキと樹は目を合わせると、合図をするように小さく頷いた。
そして、ユーキが有紗の肩に手を添える。
「有紗ちゃん、顔を上げて」
優しいユーキの声。怒ってはいないのだろうか。有紗は、上目づかいにゆっくりと顔を上げる。
早くも目に映ったユーキの瞳は、澄んだグレーが輝いていて、とても綺麗に、微笑んでいた。
「ごめんね、謝るのはあたしのほうなの」
「え?」
「噂・・・・・・ね。それって、どんな内容の噂なの?」
そうユーキに聞かれて、有紗は自分が知っているすべてを話した。
ユーキと樹が恋人であること。樹のマンションのカギをユーキが持っていること。そして樹はその部屋にユーキしか入れないこと。4年前、すでに新宿歌舞伎町ナンバーワンだった樹が、ユーキにキャバクラを紹介したこと。2人はそのときから親密な関係であったこと。
それらが、有紗の知る噂だった。そして、夜の世界に流れている噂のすべてだった。
「ふ〜ん。どっから嗅ぎつけたんだか」
「すごいわね。誰が言い出したのかしら」
樹とユーキは、感心したように言った。どうやら2人が聞いていたのは「恋人だ」という噂だけのようらしい。
きょとんと目を丸くさせている有紗に、ユーキは言う。
「これ、ほとんど本当のことなの」
「え?」
――やっぱり・・・・・・!!
「あたしは樹のマンションのカギを持ってるし、その部屋に樹は女の子を連れ込まない。4年前、樹に『フルムーン』を紹介してもらったのも。それと・・・・・・誰にも言えないような関係を持ってるのも、本当。だけど、ひとつだけ嘘があるわ」
ユーキは言った。樹は目を逸らし、タバコを咥えていた。
「え、じゃあ・・・・・・」
有紗が呟くように言うと、ユーキは、目で頷いた。
「そんな・・・・・・!!」
有紗は思わず席を立った。
すると。
ユーキの後ろに、誰かが立っているのが見えた。
「あ・・・・・・」
そう声を漏らした有紗の視線が逸れたのを、ユーキが不思議に思って後ろを向くと、今度はそこに、朱葵が立っていた。