60 誤解の暴走
「トワイライト」に入ると、フロアはすでに盛り上がっていて、賑やかだった。
同じ世界だけどキャバクラとホストクラブは全然違う、と、有紗は来るたび思う。キャバクラはとことん飲まされることなんてないし、一気コールなんてのもない。席を立ち上がって盛り上げようとすることだってない。
そうやって無理矢理に作られた賑やかさが、有紗は苦手だった。
「有紗ちゃん、ごめんね。お待たせ」
ひとりソファにもたれていた有紗のもとへ、樹がやって来た。
店に入るやいなや、樹待ちのお客が来ているとオーナーに告げられ、先にそっちを済ませてから、ということになったのだ。
「あたしこそ、樹さん忙しいのに、突然すいません」
「いいよ。お客様ってのは突然現れるものだからね」
と、樹がタバコに火をつける。
「で、ユーキの話って?」
その言葉に、有紗はビクッと体を強張らせる。
そんな有紗を見て、樹は不思議に思う。
「どうしたの。あいつ、仕事上手くいってないの?」
そんなはずはない、と分かっているが、有紗の言葉を待つだけでは話が進みそうもない。樹は、とりあえず当てずっぽうに言ってみることにした。
「他の子とケンカしたとか? それとも・・・・・・」
「あたし、聞いたんです。ユーキさんから」
「え?」
有紗が樹の言葉に声を被せる。さっきよりも少し強い口調で有紗が言ったので、樹は驚き、圧倒された。
「ユーキさんの様子が最近おかしいの感じてたから、『恋愛の悩みですか?』って、聞いたんです。そしたらユーキさん、そうだって。でも、樹さんのことじゃないって。だからあたし、『他に気になる人がいるんですか?』って言ったんです。ユーキさんはそんな人いないって笑ってたけど、そのあと・・・・・・」
有紗はそこまで言うと、急に俯いた。
「そのあと? ユーキ、何て言ったの?」
と、樹は続きを促す。
有紗は言っていいものかためらって、だけどもう遅いんだ、と言い聞かせた。
「『好きって気持ちを持ち続けるのも大変だなって思っただけ』って。それって、樹さんのことは好きじゃなくなりかけてるってことですよね。あたし、いてもたってもいられなくて・・・・・・。樹さんはユーキさんのことすごく大事にしてるのにって思ったら、ユーキさんが許せなくなって。あたし、本当にユーキさんに憧れてるのに、それよりも樹さんのことばっかり考えちゃって・・・・・・」
「ちょっ、有紗ちゃん、ストップ!!」
有紗は自分でも言っていることが分からないくらい、暴走してしゃべり続けていた。途中から話が理解できなくなっていた樹は、有紗の両肩をグッと抱いて、話を止めた。
「はい、お水」
ゆっくりと肩が鎮まるのを待って、樹は有紗にグラスを手渡す。
「ひとついいかな」
カラカラに渇いてしまった喉を潤している有紗に、樹は言った。
「なんでユーキが俺のことを好き?」
「え・・・・・・だって、ユーキさんが言った『好きを持ち続ける』って、好きでい続けることって意味ですよね。それは恋人である樹さんのことじゃないですか」
「恋人?・・・・・・あぁ、そっか」
樹は分からないと言った顔をしたが、すぐに納得した表情を見せた。
――そっか、俺とユーキは恋人ってことになってるんだっけな。
「そのことだけど、実は・・・・・・」
「樹さん、失礼します」
樹がそう言いかけたとき、ボーイが近づいてきて、ひっそりと耳打ちした。
「ここに案内してくれ」
「え? ここにですか?」
「あぁ」
ボーイは樹と短く言葉を交わしたあと、足早に去っていった。様子を見ていた有紗は、不思議そうに樹に尋ねる。
「あの、もしかして、指名入られたんですか?」
「ん? あぁ」
樹は胸ポケットからタバコを取り出して、火をつける。ふぅっと吐いた煙は、立ち上がったかと思うと、すぐ消えた。
――なんでここに案内するの?
自分との話はもう終わりだから、自分を帰して、替わりに来たばかりのお客をここに座らせるつもりなのだろうか。有紗は不安になった。
すると、煙の向こうから、再びさっきのボーイが戻ってきた。その後ろには、見えないけれど、髪の長い女性がついてくるのが分かる。有紗の予感は的中した――と思っていた。
「え、有紗ちゃん?!」
声に驚くと、ボーイの後ろには、ユーキが立っていた。