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57 朱葵のすべて

次回は2月9日の夜に更新です。

 珍しく雨が降った。予期せぬ雨だった。

 その雨は1日中、地を叩き続けていたと思う。


 まるで、決して歪まない地に、嫉妬しているかのように。

 頑なに在り続ける地を、何とかして壊そうとしているみたいに。



 

 その日は雨が降っていた。



 *  *  *



 「フルムーン」は、月初めの最初の日曜日に、定休日を設けている。貸切の予約など、特別なことがない限りは、月に一度、店は休みになる。

 ロケ最終日、この日は月初めの、最初の日曜日だった。

 午前11時。今日ですべて撮り終えなければいけないので、スタジオ撮影はなく、現地に集合することになった。

 朱葵は珍しくギリギリにやって来て、急いでメイクを終えると、フロアに入った。

「お待たせしました」

 東堂の後ろにいた朱葵は、何も言わず、ただ頭を下げる。

「どうした?! なんか今日、元気ないな」

 そう言われて、やっと「そんなことないですよ」と返せるくらいで。

 朱葵の異変には、誰もが気づいていた。

 そんな調子で撮影が始まっても一向にOKは出ず、テイク10を超えたころ、カメラ越しに朱葵を見ていた監督が、その姿に深い溜め息を漏らし、言った。

「よし、10分休憩いれようか」

 周りもふぅっと溜め息をついた。朱葵に呆れているのではなく、フロアに漂っていた緊迫した空気がようやく開放されたことへの安堵だった。

「ごめんなさい。ちょっと外の空気吸ってきます」

 朱葵はそう言うと、東堂の呼びかけにも気づかずに、ふらふらとフロアを出た。

 重たい扉はそれを阻んで、朱葵は一瞬、足止めされた。が、ゆっくりギィと音を鳴らして、扉は朱葵を外へ逃がした。どうやら、朱葵を外に出したほうがいいと判断したらしい。

「どうしたんだ、あいつ」

 普段から明るいわけでもないし、特にこれから撮るシリアスな要素を含むシーンの前は、朱葵はひとり自分の世界に籠って役作りをしているのだが、今日の朱葵は、それすらできていないほど、まるで覇気がなかった。

 周囲を圧倒する雰囲気。油断していたら呑み込まれそうな演技。負けていられないと感じさせる緊張感。

 すべてが、朱葵の元を離れていってしまったように。

「俺、様子見てきます」

 と率先して言ったのは、ヘアメイクの桐野。実は、朱葵がいつもと違うと一番に気づいたのは、集合してすぐ朱葵にメイクをした、彼だったのだ。

 東堂や心、スタッフが朱葵の後を追おうとしていたのを、桐野はすり抜けてフロアを出て行った。



「フルムーン」を飛び出した朱葵は、横並びになっているキャバクラをゆっくりと歩いた。どの店もまだ眠っていて、短い雨よけにバチバチと雨が当たる音だけが、うるさく耳に響く。

 そのうち、連なっているキャバクラをすべて通り過ぎると、雨よけが頭の上からなくなり、鼻にポツンと雨が触れた。

「冷てっ」

 はっとして空を見上げると、雨が、突き刺さるように落ちてくる。いくつもの矢が、自分を目がけて降っている。

 耐え切れず、朱葵は目を閉じる。

 

 ――どうしたんだ、俺。


 こんなこと、今までなかった。

 演じることを覚えてから、演じられなくなったことは、なかった。

 最愛の人を亡くしたときも、演じていたら、楽になれた。

 演技が、朱葵のすべてだった。


 

 なのに。


 

 ――いつから、俺のすべてはユーキさんになっていたんだろう。


 ユーキを愛していても、演じることには敵わない。

 そう思っていたはずの心が、いつ、「一番大切なもの」を、変えてしまっていたのだろう。


 ユーキがすべてだ、と。



「朱葵、どうした?」

 空を見上げたまま雨に打たれている朱葵を、桐野は雨よけのギリギリのところから、声を掛けた。

 その声に反応してか、朱葵はゆっくり瞼を開くと、桐野のほうを振り向いた。

「カズさん。俺ね、自分が一番大切なものは、演じることだって思ってた。だけど、違ったんだ」

 朱葵の身体を伝った雨は、濡れた地にポタポタと流れて。

「ユーキさんが、俺のすべてなんだ」

 流れ落ちた雨は、地を濡らし続けた。





あっ、朱葵バラしてるよ〜!! 「ユーキさん」って言っちゃってるよ〜!!


・・・・・・次回に続く。

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