55 噂の発覚
最近はいつもの倍くらいの量を更新しているので、読者の方には読みづらさを与えてしまっているかもしれないことをお詫びします。
自分との間には何もなかったかのように声を掛けてきたユーキに、朱葵は一瞬戸惑った。
けれどすぐに、それはユーキの演技であると、気づいた。
ユーキが、自分との関係を気づかれないように、あくまで他人行儀で接してくれているのだ、と。
「クリスマスの日にドラマのスタジオを見学に行った以来ですね。ずっと会いたいなと思ってたんですよ。まさかこんな形で再会するなんて、思ってもみなかった。すごく嬉しいです」
と、ユーキは言った。
「さすがキャバ嬢。お客の心を掴むのが上手いね」
いかにも接客用の顔と声でユーキがそう話すので、心は軽く返した。
――これなら2人の間にはまだ何もないかもな。
もし何かが始まっていたら、ユーキはこんな風に朱葵に会いに来たりはしないだろう。普通なら、関係を知られないように、あえて避けるものだ。
ユーキの演技に気づかず、心は、ほっと胸を撫で下ろした。
一方、ユーキと心のやり取りをぼうっと聞いていた朱葵は、ユーキの言葉にはっとなった。
――ずっと会いたいなと思ってたんですよ。まさかこんな形で再会するなんて、思ってもみなかった。すごく嬉しいです。
それは、ユーキから、朱葵に向けての隠されたメッセージだった。
「ユーキさん」
朱葵は声を掛ける。
「俺もユーキさんに会えたらなってずっと思ってたから、今日会えるって知って、すごく嬉しかったですよ」
そう言うと、ユーキは微笑み、「ありがとう」を返した。
作られた笑顔の奥に、朱葵はユーキの素顔の喜びを見つけた。
ユーキは開店準備のミーティングに向かい、朱葵と心もこの日の撮影を終了し、帰ろうとしていた。
「朱葵、お前やっぱりユーキさんのこと好きだったんだな」
心は朱葵の肩を抱き、口の端を吊り上げながら、言った。さっきまでは言わないつもりだったのだが、知りたかった2人の関係はユーキの態度で分かってしまったので、朱葵の警戒を買う必要はなくなったのだ。
ユーキは朱葵を、どうやらお客としか見ていないらしい。朱葵も自分も同じスタートラインに立っている、と、心は思っていた。
一旦生まれた疑惑の種は、花を咲かせる前に、もう一度奥へと潜った。
これからしばらくあとに、種はパンパンに膨らんで、満開の花を咲かせることになるのだが、今はまだ、それを知らない。
「だから好きとかそんなんじゃないって。いい人だなと思ってるだけで・・・・・・」
「隠すなよ。ユーキさんが店に入ってきたとき、お前「好き」って言うような目で見てたぜ」
「え?!」
あの一瞬を見られてしまっていたことに、朱葵は焦った。
「まぁ俺もお前も、ユーキさんにとってはただのお客でしかないんだけどな」
と、心が溜め息をつく。
その様子を見て、朱葵は気づいた。
「心、やっぱりユーキさんのこと・・・・・・」
「朱葵さん!! 心さん!!」
朱葵の言葉に被さるようにして、ミーティングを終えたキャバ嬢たちが、2人に声を掛けてきた。
朱葵はその声に驚いて、はっと口を噤む。
「あの〜握手とかしてもらってもいいですか?!」
「あ、はい・・・・・・」
6人のキャバ嬢たちが2人を囲み、一斉に話しかける。
「やっぱりかっこいい!! 芸能人の方ってよくいらっしゃるんですけど、お2人はその中でもトップですね!!」
ミーハーだが言葉遣いはしっかりしている。この六本木という場所に相応しいキャバクラ嬢たちだと、朱葵は思う。
だが、やっぱりユーキだけは彼女たちとはどこか違う、と気づく。
慣れた手つき、優しい笑顔、博識な会話。どれをとっても、ユーキはナンバーワンだ。
加えて、心をも騙した、あの卓越した演技力。
正直さっきは、ユーキの演技力のおかげで、心に2人が付き合っているとばれずに済んだ。これがもしユーキでなかったら、こんなふうに「キャバ嬢とお客」をやってのけることはできなかっただろう。
朱葵は、ユーキの背負うナンバーワンの肩書きを、尊敬し、同時に、不思議に思った。
なぜそこまでして、ユーキはナンバーワンを手に入れようとしたのだろう、と。
「――って、朱葵さん!! 聞いてます?」
キャバ嬢の1人が、朱葵の顔を覗き込んだ。
「あ・・・・・・何だって?」
「も〜。だから、朱葵さんってホストの演技がすごく上手ですね、って」
「そうかな」
「そうですよ。あたしたちホストクラブもたまに行きますけど、本物みたいですもん」
「それは俺もびっくりした。最初の撮影からめちゃくちゃハマッててさ。誰だコイツって思ったもん」
そう心が言って、キャバ嬢と笑い合っている。
――樹さんのおかげだな。
朱葵のホストのすべては、樹に与えられたものだ。ホストの演技は、樹をそのまま映したといってもいいほどのものになっている。
「まるで樹さんみたい」
「え?!」
キャバ嬢の言葉に、朱葵は不意を突かれたように、反応する。
「樹さんって・・・・・・」
すると、そこを囲んでいたキャバ嬢たちは、みんな騒ぎ出した。
「新宿歌舞伎町の帝王って呼ばれてて、夜の世界じゃ有名な人なんですよぉ」
「ここにも毎週金曜日にはだいたい来てくれてて」
「めちゃくちゃかっこよくて、樹さんに憧れてるホストも多いんだよね〜」
と、さっきまでの丁寧な言葉遣いが消えるほど、興奮して言った。
確かに、樹は顔だけでなく、周りを圧倒するようなかっこ良さがある。それでいて、ちゃんと周りを気に掛ける優しさもある。
樹には男として敵わない。朱葵はもう何度も、そう思ってきた。
「へぇ。『樹さん』って、そんなに有名なんだ」
と、心が興味を持つ。
「でもあたしたちはユーキさん繋がりで知ったんだよね」
キャバ嬢の1人がそう言って、みんな「うん」と、頷いた。
「ユーキさん繋がり?」
と、朱葵が問う。
「ユーキさんに憧れてこの世界に入って、樹さんの存在を知ったの」
「あたしはユーキさんに会いに来る樹さんを何度か見て、知ったかな」
朱葵はその話を、上手く整理できない。
「樹さんって、ユーキさんに会いに来るの?」
すると、キャバ嬢は言った。
「そうですよ。だってユーキさんと樹さんって、恋人だもんね」
周りもそれに合わせ、まるで伝言ゲームのように、口々に「ね」と言った。
伝言ゲームは6人のキャバ嬢を回りきると、朱葵のところで、止まった。