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54 愛しい視線

 ユーキが「フルムーン」の扉を開けたとき、フロアではガヤガヤと、大勢の声がしていた。


 ――もしかして、もう開店しているのかしら。


 自分がまだ開店前に出勤していたころは1度もそんなことなかったのに、と、不思議に思いながら、ユーキはその場に立ち尽くし、自分の今いる状況を理解しようとしていた。

 20人ほどの見知らぬ人たちが、フロアをいそいそと動き回っている。それぞれが違う行動をしているのを、ユーキはある工場を思い出す。

 そう、あれは、愛を連れて観に行ったファンタジー映画の中の1シーンだったか。魔法で命を与えられたものたちが、新たなものを生み出すために、工場で働くのだ。工場といってもほとんどが手動で、ものを切る係、流す係、混ぜる係、詰める係など、ひとつひとつが違う作業をする。そうしてできたものは魔法使いによって悪用されるというのに、それを知らずに、魔法使いのためにひたすら働き続ける。

 最後には、魔法が解かれてそれらはただのものに戻り、永遠に動かない、という、悲しい結末で終わったと思う。

 ユーキは、目の前でそれが実演されているかのような錯覚に陥る。

 

 ――きっとこの人たちもさんざん働かされて、最後には使えなくなって捨てられるんだ。


 そんなことを考えながら、ユーキは、いつかそうなってしまう自分をも想像する。

 ずっとこのままではいられないのだという、幸せの果てを、想像する。


「あっ、ユーキさん。おはようございます」

 そこへ、ユーキに気づいたボーイが挨拶をする。

「おはよう。ねぇ、なんか人多くない? どうしたの」

 と、ユーキは返す。

「あぁ、テレビの撮影ですよ。おとといオーナーから説明ありましたよね」

「そうだっけ」

「でももう片付けに入ってますから。開店には差し支えないですよ」

 そう言われて、そういえばそんなことを聞いたような気がする、とユーキは思う。けれど、自分にはまったく関係ないからと、ユーキは控え室に向かおうとした。


 

 そのとき。



「あ・・・・・・」


 


 目の前に、こっちをじっと見つめたままの、朱葵がいた。



 *  *  *



 ユーキが扉を開けたとき、朱葵はちょうど、偶然にも、扉に目をやった。

 そして、そこに、ユーキの姿を見つけた。

 

 ――ユーキさん・・・・・・!!


 まさかのタイミングで再会し、朱葵は、思わず心を緩めてしまった。ユーキにしか見せたことのない愛しさの視線を、心のいる前で送ってしまったのだ。

「朱葵?」

 心の呼びかけで朱葵ははっとして、緩んだ顔も心も、すぐにいつもの自分に戻した。

 けれど、心はその一瞬の視線を、決して見逃さなかった。


 ――やっぱりこいつ、ユーキさんのこと・・・・・・!!


 朱葵の気持ちは完全に分かってしまったが、心はそれを朱葵には言わず、心の中に留めた。

 朱葵の片想いなのか、それとも2人は両想いなのか、心は知りたいと思った。

 だけど、朱葵に「ユーキさんを好きなのか」と確信づけて聞いてしまったら、朱葵はこれから自分を警戒するだろう。そうしたら朱葵の心が読めなくなる。知りたかったことも、分からないままになる。

 それだけは避けたかった。だから心は、朱葵に何も言わなかった。


 2人が同じ気持ちなのか、どうしても、知りたかった。

 

 なぜなら、朱葵の疑い通り、心もユーキのことを気になっていたのだった。



 *  *  *



 ――朱葵くん・・・・・・!!


 朱葵の視線に気づいたユーキは、自分を見つめるその瞳に吸い込まれるように、目を離すことができずにいた。

「ユーキさん、どうしました?」

 急に立ち止まったユーキに、ボーイは声をかける。

「あ・・・・・・なんでもないわ」

 心臓がドクンと鼓動を鳴らしている。ハートの形をした心臓が飛び出てしまいそうなほど、強く、胸を打っている。

 もう一度、朱葵のほうを見る。朱葵は、心に声を掛けられたせいで、ユーキから視線を外していた。

 ユーキはきゅっと唇を結ぶと、朱葵に向かって、歩いていった。




 心に顔を向けていた朱葵は、自分の前に誰かの気配を感じて、そっちを向いた。

「ユーキさん・・・・・・」

 そこには、ユーキが立っていた。

 

 ――なんでユーキさんが目の前に・・・・・・。


 あれだけ2人の関係が知られるのを恐れていたユーキだから、きっと話しかけてはこないだろう、と、朱葵は思っていた。ユーキのことを考えて、今すぐそばに走っていきたいという衝動を、なんとか抑えようとしていたくらいだ。

 そんなユーキのほうから自分に向かって来たことに、朱葵は、ただ驚いていた。

 すると、ユーキはにこっと笑顔を作って、言った。

「心さん、朱葵さん、お久しぶりです」


 初めて会ったときと同じ、キャバクラ嬢の顔をして。




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