49 苛立ち
次の一週、2人は会わなかった。
仕事の忙しさもあるのだが、その前に、お互い連絡先を知らなかったのだ。
「時間なんていくらでもあったのに、なんで連絡先を聞くのを忘れてたんだろう」
2人がそれに気づいたのは、会いたくなって家の前まで行き、だけど相手が留守だと分かって徐に携帯電話を取り出したときだった。
「いつでも会える」と言った言葉が幻であったかのように、会えない日が続いた。もしかしたらこのままずっと会えなくなるのかも、という不安さえ、頭をよぎった。
そんなある日の、「フルムーン」では・・・・・・。
仕事終わり。ユーキは帰り支度をしていた。
「ユーキさん。そろそろ休み取ってくださいって、オーナーが」
1人のボーイがユーキに言った。
「え、早くない? まだ10日くらいしか連勤してないでしょ」
ユーキは久々にまとめた髪の毛を丁寧に梳きながら言う。
「そうなんですけど、ユーキさん去年は働きすぎだったから、今年はなるべく休み多めでってことで。1週間に1回くらいは」
「そんなに休んでたらお客様がいなくなっちゃうじゃない」
「いやっ、僕もオーナーに言われただけなんで」
ユーキの圧力にやられながらも、ボーイは食い下がらない。
「・・・・・・分かった。じゃあ明後日休む」
「お願いします」
ボーイは、なんとか使命を果たせたという安心感を思いきり顔に出して、戻っていった。
――「休む」に「お願いします」って、使い方おかしいわよ。
普通は無理にでも仕事に出てほしいときに使うはずの言葉を、ユーキはさも当然のように言われてしまったことに、少しだけ不快を覚えた。
そこへ、今度はオーナーがやって来る。
「みんな、聞いてほしいんだが、明後日から3日間、『フルムーン』にテレビの撮影が来ることになった。撮影は開店前に行うそうだから仕事に支障はないが、とりあえず覚えておいてくれ」
「は〜い」
オーナーはそれだけ言うと、再びフロアに戻った。
「撮影だって!! うちらが撮られるのかなぁ」
「密着取材とか?! うそ〜どうしよ〜」
仕事終わりだというのに、キャバ嬢たちのテンションはさらに上がる。
ユーキはそんな彼女たちを尻目に、淡々と帰り支度を済ます。
「じゃあお先に・・・・・・」
そう言いかけたとき、輪を作って盛り上がっていたキャバ嬢たちの視線が一気にユーキへと刺さった。
「もしかして、ユーキさんの密着取材なんじゃないですかぁ?!」
さんざん話し合った結論が、そこに達したらしい。
「違うわよ、何も聞いてないし。それに、あたし明後日は休みだもの」
ユーキがあっさり返すと、「な〜んだぁ」と言う声がどこからも聞こえた。
「じゃあね、お疲れ様でした」
ユーキはひとり、さっさと帰ってしまった。
「・・・・・・なんだかユーキさん、今日はいつもと違うね。クールっていうか、そっけない感じ」
と、有紗が不思議に呟く。
「ユーキさん、テレビとか全然興味ないもんねぇ」
「でもユーキさんの密着取材とかやってほしいよね。全国のキャバ嬢たちにユーキさんの存在を知らしめてやりたいよ」
「てゆーか、ユーキさんの取材じゃないなら何の撮影なの?」
そのあともこの話題でひとしきり盛り上がり、あらゆる想像をしたあと、彼女たちは満足した様子でそれぞれ帰宅した。
ただ、有紗だけは、ユーキの些細な異変を最後まで気にしながら。
そのころ、早くも家に着いたユーキは、すっかりテレビの取材のことなんて忘れていた。
興味がない、というのも確かだが、このときユーキの頭の中は、朱葵に会えない辛さで苛立ちが募り、他のことを考えていられる余裕がなかったのだった。




