4 歌舞伎町の帝王
「ユーキさん、これからみんなでゴハン行くんですけど、行きません?」
その日の仕事終わり、有紗はメイク直しをしていたユーキに声をかけた。キャバ嬢たちで集まるのは、よくあることだ。
「ごめんね。このあとはちょっと、行くところがあるの」
と、ユーキが言った。
「そうなんですか」
「次は行きたいな。また誘ってね」
ユーキは立ち上がると、「お疲れさまでした」と言って、店を出た。足早に鳴るヒールの音が、いつまでも響いている。
「ユーキさん、約束があるみたい。仕事のあとなのに」
有紗は他のキャバ嬢たちに聞こえるように言う。
すると、「樹さんよ、きっと」と、みんなが口々に言った。
「・・・・・・樹さん?」
「知らない? ユーキさんの指名客。新宿歌舞伎町の帝王!!」
「あの、金曜日に来る人?」
「そうよ!! 金曜日は必ず、ユーキさんに会いに来てから出勤してるのよ。絶対何かあるよね、あの2人」
樹は、ホストたちの間で帝王と呼ばれている。
業界ナンバーワンのホストクラブ「トワイライト」で18歳のころから働き、26歳の今、その人気は不動のものになった。
フルムーンには毎週金曜日に訪れ、ユーキを指名する。ヘルプはつかない。最初にユーキが「2人だけにして」とオーナーに言ったからだ。
周りから見ると、その親密な雰囲気は2人を恋人同士に結びつけた。
実際は、恋人なんかではない。
だが、ユーキにとって樹は、大切な存在だった。
* * *
ユーキは店を出ると、ピカピカ通りでタクシーを拾い、歌舞伎町に来ていた。
朝日を浴びた歌舞伎町は、なんだかとても汚い。散乱するゴミ。迎え出るカラス。空気まで濁っているように感じる。
ユーキはそれらを見ないふりをして、歌舞伎町のゲートをくぐる。
ちらほらと、ホストたちが店をあとにしている。
「あれっ、ユーキちゃんじゃ〜ん」
「ユーキちゃん、これから遊ぼ〜よ」
六本木ナンバーワンのユーキは、ホストたちの間でも有名だった。
「これからどこ行くの? あっ、樹サン?」
それは、“樹の女”としても。
「樹、まだいる?」
ユーキは周りに集まったホストの1人に、適当に聞いた。
「さっき駐車場に向かってるの、見たけど」
そのとき、クラクションの音が響いた。
ユーキがゲートの方向を振り向くと、樹が愛車のベンツに乗って、顔を出していた。
「樹・・・・・・」
「ユーキ、どうした?」
「樹!!」
ユーキが樹のもとへ走り出すと、樹も車から降りた。そしてユーキは樹の胸に飛び込んでいった。
「樹、聞いてほしいことがあるの」
「分かった分かった。家に帰ってからゆっくり聞くから」
樹はユーキを助手席に乗せ、ぼーっと2人を眺めていたホストたちにひらひらと手を振ると、車はエンジンを勢いよく噴かして去っていった。
「・・・・・・カッケェ〜」
ホストたちは口々に呟き、さらに樹への憧れを強めていた。