48 いつでも会える
車はユーキのマンション前に停まった。
「ユーキさん、着いたよ」
朱葵はユーキに声を掛ける。
「・・・・・・」
「ユーキさん?」
顔を覗きこむと、ユーキは窓に頭をついて、眠っていた。首都高を抜けてからの車内が静かさを保っていたのは、知らないうちにユーキが眠っていたせいだった。
「寝てる・・・・・・」
仕方がない。ユーキは、仕事終わりで一睡もしていないのだ。
安心しきった顔で、少しだけ吐息を漏らしながら、起きる気配がないユーキを、朱葵はじっと見つめる。
こうして見ると、本当に端整な顔立ちをしていると、朱葵は改めて感じる。いつもより薄いメイクも、ナチュラルに下ろされた長いまっすぐな髪も、見たことのないパンツ姿も、ユーキを鮮やかに彩っている。
前に一度だけ、テレビ局に招いたときも、ユーキは仕事のときとは違った可憐な華やかさを身に纏っていたことを思い出す。
あのときも朱葵はユーキの姿に目を奪われ、動揺し、滅多に出さないNGを連発してしまっていたのだ。
「素顔のユーキさんか・・・・・・」
朱葵はユーキの顔を見て微笑み、そう呟いた。
今日は、初めてユーキの素顔を垣間見れたような気がする。そんな満足感が心をほっとさせた。
「ん・・・・・・ここ?」
「あ、起きた?」
虚ろな声をさせて、ユーキが目を覚ます。
「ここ・・・・・・」
「ユーキさんちの前」
「ん・・・・・・え?!」
ユーキが驚いた拍子に腕を振り上げると、ゴッと鈍い音が車内に響いた。どうやら、窓に指をぶつけてしまったらしい。
「いった〜」
「ちょっと、ユーキさん、大丈夫?!」
ユーキはぶんぶんと手首を振った。当たった指の関節がじん、と痺れを持っている。
「ごめん、あたし寝ちゃってたのね」
右手で左指を庇いながら、ユーキは言った。
「それよりさ、今度、いつ会えるかな」
と、朱葵が言うと、車内は一瞬にして静かになった。
まず、ユーキは考えていた。
特に休みは決まってないけれど、できる限り店を休むようなことはしたくない。けれどそれでは朱葵の仕事の都合ともなかなか合わない。それならやっぱり自分が合わせないといけないだろうか、と。
「えっと・・・・・・」
言葉が詰まる。こんなとき、「じゃあまた来週」などどは軽々しく言えない、お互いの仕事に嫌気が差す。きっとこれからも、同じように仕事の都合で会えなくなることもあるのだ、という確信が胸をよぎる。
一気に現実に戻されたような気がした。
さっきまでの眠りの世界で過ごした、永遠とも思えるような朱葵との時間は、やはり夢でしか叶わないのだと、思い知らされる。
そのとき、ユーキの感じていることを、朱葵もまた同じように心の中で思っていた。
けれどそんなことを言っていては何も始まらない。
朱葵はそこに漂う不穏な空気を断ち切るように、わざと明るい調子で言った。
「会おうと思えばいくらでも会えるよね。俺たちは今までそうしてきたんだから」
ユーキは、そんな朱葵の言葉にはっとする。
――そう、今までだって衝動的に走り出して、ちゃんと会えた。お互いがお互いを求めたとき、運命が味方してくれた。
「そうね。いつでも会えるわよね」
ユーキは自分にも言い聞かせるように、笑って見せた。まだぎこちない、不安を拭いきれていないような顔で。
「あのドラマさ、こないだ第1話が放送になったんだ。視聴率がすごく良かったって」
朱葵が言うと、ユーキは「そうなの」と、一言返した。
「スタッフにも、ホストの演技は評判がいいって言われた。でも、それって、ユーキさんのおかげなんだ」
「あたしの?」
ユーキは不思議に顔を覗かせる。
「もちろん樹さんを紹介してくれたからなんだけど。それって、本当は・・・・・・」
そこまで言って、朱葵はユーキに顔を向けた。先に向いていたユーキと、視線がぶつかる。
「本当は、近づきたかったんだ。ユーキさんに。あの雨の夜、『夜の世界を教えてほしい』って言ったのは、咄嗟の言葉だった。あのとき、俺は何でもいいから繋がりがほしくて、もう一度ユーキさんに会いたくて、走ってたから」
手持ち無沙汰にハンドルを握っていた朱葵の腕が、そっとユーキに回される。
「ユーキさんに会えてよかった。じゃなきゃ、今の俺はいないから。これからも、ずっと、俺の側にいて」
耳元で感じる朱葵の声は、なんだか寂しそうに聞こえて。
堪らなく愛しいその存在を、ユーキは強く抱く。
「ずっと側にいる。だから、あたしを放さないで。何があっても、あたしを逃がさないで、掴まえてて」
人通りの多い駅前に続く道の端で、2人、周りの目も何もかも忘れて、お互いの体温を揃えるかのように、ぎゅっと、抱きしめ合った。