45 車内にて
車内ではずっと音楽がかかっていて、それのほとんどは洋楽だった。
「洋楽が好きなの?」
「うん。ロックとかR&Bとか、何でも。邦楽も聞くよ。ミュージシャンの友達が結構多くてさ。よくCDもらうんだ」
「ふうん」
ユーキは、ダッシュボードの中に入っているCDを取り出し、1枚1枚に目を通していく。
「これもそのうちの1人から?」
「え?」
ユーキが持っていたのは、ある10代の女の子アイドルのCDだった。
「わ〜!!ちょっ・・・・・・」
朱葵はそれを慌ててユーキから奪い取ると、運転席ドアのサイドポケットに滑り込ませた。
「『朱葵くんへ』だって」
「見たの?!」
「見えたのよ」
ユーキが言うそれは、CDのジャケットに書かれた朱葵あてのサインだった。
「へぇ〜」
ユーキは口を緩めて意味ありげに言う。
「うわ。何か嫌な予感」
「ふふふ。朱葵くんって、ああいう子が好きだったのね」
「違うよ。あれは無理矢理・・・・・・」
そう、以前、朱葵が雑誌の取材を受けていたスタジオに彼女がやって来て、いきなり「好きなんです!!」と言って、「これ貰ってください!!」と、目の前にサイン入りのCDを突き出してきたのだ。人の目もある手前、朱葵は受け取ることはしたのだが、1度聞いてみて以来、ダッシュボードに入れっぱなしになっていた。
ひどい男だ、と、思わないでほしい。彼女のその新曲は、小学生向けのアニメの主題歌だったのだから。
後にこの出来事は、様子を見ていた誰かから広まった噂が、週刊誌に載ってしまうほどの事に発展してしまったのだった。
もちろん東堂の働きのおかげで、大事にはならなかったけれど。
「もしかして、前の彼女とか?」
「それも違うよ。ファンだからって言われて、渡されただけ」
「どうだか」
ユーキはふぅっと溜め息を漏らして、言った。怒ったような口調でユーキが言ったので、朱葵は不安げにちらっと顔を覗くと、ユーキは開け放した窓の枠に頬づえをついて、顔を背けていた。
「ユーキさん、何か怒ってる?」
ユーキは返事をしない。ひゅんひゅんと通り過ぎていく車の音のせいか、聞こえなかったのかもしれない。
「ユーキさん」
もう一度、朱葵はその名前を呼んだ。するとユーキは窓をびっちりと閉めて、静かになったその空間で、自分に呆れてしまったように、もう一度大きな溜め息をついた。
「・・・・・・だめね。ひとりで変なことばっかり考えちゃって」
「え?」
運転に集中しなければならないとは思いながらも、ユーキの言葉にしっかりと耳を傾ける。
「さっきの女の子のこと。関係ないとは思っても、気にならずにいられないわ」
「だからあの子は本当に・・・・・・」
「ううん」
言いかけた言葉をユーキがぴしゃっと遮って、言葉を被せる。
「違うの、そうじゃなくて・・・・・・あたしが気にしているのは、その子のことじゃなくて、あたしたちのほう」
「俺らの?」
ユーキはほんの少しだけ首を傾げて、何か考え込むようにしたあと、言った。
「あたしも朱葵くんと同じくらいの歳だったらとか、アイドルだったら、とか・・・・・・ね」
ユーキは、もし自分がアイドルだったら、そんな風に朱葵にアタックもできたのだろう、と、漠然に思った。そしてその想いは、そのうち羨望になっていた。
「なんだ、そんなこと」
朱葵は安心したように息を漏らす。
「だから、だめだなって。自分に愛想が尽きそう」
ユーキは疲れたように、息を漏らす。
「でもそれ、俺は嬉しいな」
「え?」
ユーキは朱葵を見た。
「言っとくけど、俺のほうが不安だったんだからね」
「え?」
「ユーキさんの隣にいるのに相応しい男にならなきゃなって、胸の中でもやもやしてた。俺たち、2人して同じこと考えてたんだね」
朱葵が柔らかく笑い、運転するその横顔を、ユーキは今日初めて見たことに気づいた。
狭い車内。朱葵の顔がすごく近くにあるのを意識すると、ユーキは気づかれないように、そっと視線を景色に戻した。
それからはもう朱葵のほうを向くことさえできずに、コンクリートの壁をぼーっと眺めていると、夕暮れに染められた街が、見えてきた。