41 イメージカラー
「ユーキさん?!」
「あ・・・・・・朱葵くん・・・・・・」
ユーキは力なく笑みを作る。その顔は、頬に触れていく雪のように青白く、また、冷ややかだった。
「あんたをずっと待ってたんだよ。こっちも一般人を入れるわけにはいかないから、外で待ってもらうしかなかったんだ」
警備員はそれだけ言うと、あとは任せた、といったように、朱葵の肩をぽんと叩き、持ち場に戻っていった。
「ユーキさん」
朱葵がユーキの体を起こそうと肩に触れると、その冷たさが、体中を駆け巡っていった。ブルッと身震いを感じると、ユーキが待っていたという時間の長さを切なく想った。
「ユーキさん。とりあえず、どこか行こう」
朱葵は着ていたダウンを掛け、足元のおぼつかないユーキを抱きかかえて大通りへと歩いた。
その後ろ姿を警備員は見つめ、若い頃、駆け出しの女優と恋に落ち、そのうち彼女の重荷になることを恐れて逃げ出した自分を思い出した。
――身を引くのではなくて、どんなことがあっても求め続けるべきだったんだ。
この2人なら、それができるかもしれない。
過去に置いてきた今さらどうすることもできない後悔を、警備員はそっと、2人に投げた。
――君たちは、こんなことにならないように。
* * *
タクシーは表参道で停まると、深夜の交差点に2人を残して消えていった。
そこからすぐそばのマンションに、朱葵は住んでいる。15階建ての12階。2LDKの、一人暮らしには広い部屋。もっともそのうちの6帖は、衣装部屋と化している。
特徴といえば、天井がものすごく高いこと。そして、壁がすべてシックな黒で統一されていること。初めてユーキの家に行ったときは、自分の家とあまりにかけ離れた造りに、朱葵は呆然としていたくらいだ。
「ユーキさん、今暖房つけるから」
朱葵はユーキをリビングのソファの座らせると、暖房を入れ、お湯を沸かし、寝室から毛布を持ってきた。
「朱葵くん、あたし大丈夫だから」
と断るユーキに、朱葵は毛布を掛ける。
「何言ってるの。ユーキさん、顔色悪いよ。また風邪でも引いたらどうするの」
「そしたら朱葵くんに下着姿見られちゃうのかな」
「えっ」
そうユーキに言われたとたん、朱葵は思い出した。今でもくっきりと覚えている、ユーキの美しい身体。
「なに、思い出した?」
「違うよ!! もう、ユーキさん、少し黙っててよ!!」
朱葵が照れているのを見て、ユーキはいたずらに笑った。
「朱葵くんの部屋って、あたしと全然違う」
ユーキは部屋を見回しながら、言う。
「ユーキさんの家は女の子らしいよね。家具とかインテリアとか、清潔感のあるものばかり」
「愛ちゃんのためかな。可愛いもの好きだから。でも、基調を白で統一してるのはあたしのこだわり。そこだけは譲らなかったの」
沸騰したお湯がぼこぼこと叫ぶ音がして、朱葵はキッチンへと向かう。火を止めて、カウンター越しに映るユーキの姿を見つめる。
「白が好きなの?」
「好きっていうか、自分を表す色っていうのかな」
「ユーキさんのイメージカラー?」
「本当はね、赤とか、黒になりたい。はっきりしてて、分かりやすいから。白って、綺麗に見えるけど、実は一番汚いのよ」
「汚い? 白は無垢で純粋な感じがするけど」
「それは上辺だけ。『自分は真っ白だよ』って、言いふらしているだけなの」
朱葵はカップにコーヒーを注ぐと、それをユーキに手渡す。
ユーキは「ありがとう」と言って受け取ると、話を続ける。
「白ってね、器用なの。だって、どの色を混ぜても、姿を変えられるんだもの。赤を混ぜるとピンク色に。黒を混ぜたら灰色に」
朱葵は、ユーキのカップを見た。ブラックのコーヒーに白いミルクが垂らされると、それはたちまち色を変えていった。
「でもそれって、結局どれが自分か分からないの。赤にも黒にもなれない。中途半端に、いろんな色を持て余してる」
ユーキはコーヒーを啜ると、そのあとにひとつ、溜め息をついた。
「朱葵くん。あたしは、このことを伝えるために、あなたに会いに来たの」
意外にも警備員にそんな過去が・・・・・・
この物語はいずれ書きたいなと思ってます。お楽しみに。




