39 冷たい夜
その日の撮影の合間、メイク直しをしていたとき、桐野は朱葵に言った。
「今日も遅くまでかかりそうだけど、また行くのか?」
ただ、ホストメイクをした朱葵が、どこへ行くのかは知らない。
「うん。でも、もうメイクはしない。ありがとね、カズさん」
その朱葵の、表情、言葉から、桐野は悟った。
朱葵が、勝負に出る、と。
桐野は朱葵に好きな人がいるのは聞いたけれど、その他についてはまったく聞かされていない。朱葵がすでに告白したことも、二度振られていることも、もちろん相手がどんな人で、どうやって出会ったのかも。
だから桐野は、朱葵がついにホストの仮面を脱いで、その相手に告白するのだろう、と漠然に考えていた。
「頑張れよ。お前ならできる」
「うん」
けれど、その間違った応援は、少なからずも朱葵の力になっていた。
桐野の思うように、とうとう告白をするのではないけれど(そしてそれはすでにやってしまったのだけど)、勝負に出よう、と考えていたのは、確かだったから。
「朱葵、まだ帰ってないよな」
打ち合わせをしていたはずの部屋は遠目からでも人の気配が感じられず、ドアを開けるとやっぱり明かりが消えていた。
だが、まだ部屋全体に暖房の生暖かさが残っているのに期待して、桐野は朱葵を探し、走った。
通用口を抜け、駐車場への重たいドアを開けると、先に朱葵の姿を見つけた。
「朱葵!!」
桐野は走り出した。朱葵も気づいたようで、こちらに向かってくる。
「カズさん、どうしたの?! そんなに息咳切って」
立ち止まると、喉がどうしようもなく渇いて、息が苦しく上がっているのに気づく。
「・・・・・・ほんとにな」
――何で、こんなに俺が必死になって・・・・・・。
そうは思いながら、桐野はそんな自分を笑った。
「東堂さん。こいつ、借りてっていいですか?」
桐野は東堂に向かって叫んだ。
「え? カズさん?」
東堂は遠くから桐野に軽く会釈をすると、車に乗って去っていった。
「行くぞ」
東堂の車が見えなくなったのを確認すると、桐野は朱葵の腕を引いた。
「カズさん、どこ行くの?!」
朱葵の問いには答えず、桐野は急いだ。
2人は一般出口前まで来ると、桐野が立ち止まった。
「朱葵、お前はここから出て行け」
「え?」
朱葵は分からないといった顔をする。
「いいから」
そう言うと、桐野は朱葵の背中を押して、引き返していった。
「なんだよ、いったい」
残された朱葵は、仕方なく、玄関へと向かった。
* * *
さっきから自動ドアの開く音が聞こえては、振り向くと、朱葵ではない誰かが通る。
そんなことを何度も繰り返していたら、まるでユーキの心の中を表すかのように、空が雪を降ろし始めた。
冷えた肌に触れた雪は、溶けるのを惜しむようにして、ユーキの肌にじんわりと染み込んでいく。
風も、音も、空気も、真夜中の静けさを、ただ伝えていた。
何度目かの機械音がした。
振り向くことさえできないほどに体は凍りついて、ユーキは、今度こそ朱葵かもしれない、という期待をとうに失っていた。
噴水はなぜか、こんな人気のない時間にも花開いていた。本来なら午後6時に噴水は作動スイッチを切るのだが、管理会社の見落としで、この日に限り、一晩中花を咲かせていたのだという。毎日そこに立っているはずの警備員までもが、この事実には全く気づかずにいたのだと。
そのせいで、自動ドアを出た朱葵には、反対側に座っていたユーキが噴き出る水に隠されてしまって、映らなかった。
とりあえずタクシーを拾おうと、朱葵は大通りに向かう。
ユーキは、近づいてくる足音に気づく。
朱葵は目の前の噴水の、真横を通る。
ユーキは俯いたまま、動けない。
2人はお互いに気づかないまま、すれ違う。
切なさ満載で次回に持ち越しです。




