3 出会い
孤独が恐いなら、ひとりでいなければいい。
夜に眠れないのなら、眠ろうとしなければいい。
私はそうして生きている。
この4年間、そうやって、生きてきた。
* * *
「フルムーン」は、そこまで高級感を意識しているわけではないので、大物だけじゃなく、普通のサラリーマンなんかも多い。有紗に絡んでいた松岡が、いい例だ。
その中で、ユーキの常連客はさまざまだ。広告代理店最大手の会社社長、商社マン、政治家もいる。
けれど、最近はマスコミ業界のお客がとんでもなく増えている。どうやらその業界で、ユーキの噂が口コミで広がっているようだった。
「『フルムーン』のユーキちゃんはその店のナンバーワンで、若いのに知識に長けていて、とても居心地がいい」
とディレクターに言われてやって来たのだと、のちにユーキの常連客になる40代の俳優から、ユーキは聞いていた。
ユーキはもともと頭がいい。中退したが、大学は一流の学校に在籍していた。好奇心も旺盛だから、何にでも興味を持つ。それが、ユーキの知識になっていく。
だが、ユーキは芸能界にまったく興味がなかった。
客はテレビ関係者も多いから、それなりに勉強もするのだけれど、常連の大物芸人が若手を連れて来るときなどは、ユーキはヘルプの女の子に助けられていた。女の子たちはユーキが芸能界に疎いのを知っていて、さりげなくユーキをフォローしてくれたり、仕事終わりに最近の流行語や番組について教えてくれた。完璧じゃない、というところが、また同姓の共感を得ているのだろう。
* * *
12月も半ばにさしかかったころ、常連のプロデューサーが、来年1月からのドラマに出演するという俳優たちを連れてやって来た。
最近味が出てきたと評判の、遅咲きの40代俳優と、最高の脇役と言われているベテラン40代、ダンディーな30代と、実力派俳優として人気の20代が2人。
「いらっしゃいませ。ユーキです」
そのテーブルには、ユーキとヘルプが3人ついた。ユーキはもちろん常連客の隣に座る。あとは適当に、だいたい均等な位置にヘルプが座る。
「キャバクラって、初めてですか?」
常連客を交えて、ユーキが問いかける。
「心と朱葵は初めてだろ。まだ若いもんな」
と、ベテラン名脇役が言う。「心」と「朱葵」が、実力派20代のことを差しているのだということは、ユーキにも分かった。
「俺は前にも連れられて行ったことがありますよ。若いっていっても、俺もう26っすよ」
と言ったのが、心。
「俺は初めてですね」
緊張しているのか、言葉少なめに言ったのが、朱葵。
ユーキに教えるためにヘルプの女の子が「え〜っ、心さんって、26歳なんですかぁ?」「朱葵さんは初めてなんだぁ」と、わざとらしくもさりげなく言ってくれたのを、ユーキはありがたく聞いていた。
「ユーキはこの店で2年間、ナンバーワンなんだよ」
プロデューサーがまるで自分のことのように、自慢げに話す。
「ユーキさんはめっちゃいい人なんですよ」
「うちらにもすっごいやさし〜の」
とヘルプの女の子たちが言うのを、ユーキは笑顔で返した。
決して嘘の笑みなんかじゃなかった。本当に嬉しかった。
そのはずだったのに。
「嬉しくないの?」
彼のその思いがけない言葉に、ユーキは一瞬固まってしまった。
「・・・・・・嬉しいですよ? すごく」
そのあとすぐにそう言った。みんな、何にも不思議に思っていなかった。
ただ1人を除いては。
「ふ〜ん、そう」
そのあと帰るまで一言もユーキと話さず、まるで観察しているようにじっと見つめていたのは、初めてユーキに疑問を投げかけた、朱葵だった。