37 朱葵の証明
「俺とユーキさんの間に、世界の違いなんてない。それを、証明してみせるよ」
と、朱葵は言った。
「証明? どうやって・・・・・・」
「俺がユーキさんのお客になる」
「え?!」
ユーキには、朱葵の真意が理解できない。
「どんなに仕事が遅くなっても、絶対ユーキさんに会いに来る」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それが何の証明になるの?!」
「俺がユーキさんを好きな気持ち」
その言葉に、ユーキの胸は熱くなる。じりじりと、焦がれていく。
「たとえユーキさんの言うように世界の違いがあったとしても、俺が、ユーキさんのいる世界に飛び込めばいいんだ」
ユーキは、ようやく朱葵のやろうとしていることが分かった。
「そんなの絶対ダメよ」
ユーキは、言った。
「朱葵くんは自分の立場を分かってないわ。こんなところに通ってるなんてばれたら大変じゃない」
「ばれないよ。ちゃんと変装してるし」
「それに、そんなことしたってあたしたちの世界が変わるわけじゃ・・・・・・」
「とにかくさ」
朱葵はユーキを遮って言う。
「俺はこんな風にしかできないから、それでもユーキさんの気持ちが変わらなかったら、ちゃんと諦める。だから、少しだけ俺に付き合ってよ」
そう、あまりに切なげに笑うので、ユーキは何も言えずに、観念したのだった。
* * *
「ねぇ、今日も来てるよ」
「マジ?! ここんとこ毎日じゃん。これでもう5日目?」
「さすがユーキさんのお客様は違うよね〜」
と、キャバ嬢たちは話していた。
そのときユーキは、まさにその噂の的となっているお客についていた。
「あのお客様って結構若いよね。見た目からしてホストじゃない?」
「でもホストだったら樹さんの存在は知ってるはずでしょ?」
「じゃあイケメン御曹司とか」
そこへ有紗が入ってくると、入店したばかりのキャバ嬢が、有紗に尋ねた。
「有紗さんって、ユーキさんとよくお話してますよねぇ? あのお客様のこととか聞いてますか?」
「え?」
有紗はフロアのユーキをぱっと見やる。
「あぁ、ヤマト様?」
「いったい何者なんですかぁ?」
「さぁ。ヤマト様のときは、ユーキさんもヘルプをつけないし・・・・・・」
「なんか意味深ですよねぇ」
――そう言われてみれば。
お客が初めて来店したのは、昨年のクリスマス。そのときは5分もしないうちにお客はユーキと店を出て行って、それからぱったりと来なくなった。それが、今年初めての開店日。夜遅くに突然やってきたかと思ったら、その日から今日まで、5日連続で訪れるようになった。
ユーキを贔屓にして来るお客は大勢いるけれど、毎日通うほど熱心なお客はさすがに初めてだ。
有紗はそのことを思い出すと、ユーキと「ヤマト」の関係が気になった。
――ユーキさんに恋でもしてるのかな。
有紗は、胸の内が熱く鼓動を打っているのを感じた。
明日は金曜日。おそらくいつも通り、樹がユーキに会いに「フルムーン」にやって来る。
2人が来る時間はずれているから、鉢合わせになる確率は限りなく低いけれど、何らかの事情が偶然に重なってしまったら、もしかしたら・・・・・・。
不謹慎にも、六本木ナンバーワンキャバ嬢と歌舞伎町の帝王、そして謎のイケメンの三角関係に、有紗はわくわくしてしまっていた。
* * *
朱葵が「フルムーン」に通って6日目。今日はまだ来ていない。
夜12時を回ったころには、樹がやって来た。
「どうしたの、今日はずいぶん遅いじゃない。仕事は?」
「臨時休業。昨夜ウチのやつと他の店のやつがモメてさ。営業できない状態」
樹はタバコを取り出しながら、溜め息をついた。
「そんなにひどいの?」
ユーキが火を差し出す。
「まあね」
ふぅっと煙を吐き出して、樹が言った。
「そういえば今年は初めて会うな。お前は最近どう? 順調?」
「仕事はね」
ユーキも溜め息を漏らす。
「プライベートは?」
「もう、分かんない」
年末年始は2人とも仕事が忙しく、樹とはクリスマスの日、電話で話して以来だった。
そのあとに起きた様々な出来事を、ユーキは洗いざらいに話した。
「知らないうちにそんなことになってたのか」
樹はたいして驚きもせず、笑った。
「あたし、朱葵くんが何を考えてるのか分からないわ。いくらキャバクラに通ったところで、朱葵くんが芸能人だってことは変わらないのに」
俯くユーキを見て、樹が言う。
「ユーキ、お前は朱葵を好きなんだろ」
ユーキは、コクンと頷く。
「笑わないでね」
そう言って、続けた。
「たぶん、初めからあたしは朱葵くんに惹かれてた。でも、彼は芸能人だからあたしとは住む世界が違うって、ずっと、歯止めをかけてきたの。それさえなければあたしは・・・・・・って、正直、何度も思ったわ」
樹は、初めて聞くユーキの本心に、耳を傾けていた。
「・・・・・・ユーキ。朱葵は、知ってほしかったんじゃないのか?」
「何を?」
「結局、ユーキの世界と朱葵の世界が交わることなんて、ないしな。お前も思ってるように、キャバ嬢と付き合ってるなんて、あいつにはマイナスにしかならないだろうけど」
樹は、続けた。
「それでもユーキのことが好きだっていう、あいつなりの覚悟みたいなものをさ」
そのあと、ユーキは、店を飛び出した。
席に樹を残し、フロアにざわめきを残し、身ひとつと、樹の言葉を、持って。
暖冬と言われた年の、東京で、初めて雪が降った夜だった。