35 確信
「いらっしゃいませ。あっ」
朱葵が昨日も来たお客だと気づいたボーイは、驚いて言った。
「昨日は申し訳ございませんでした。えっと、今日はユーキさんをご指名で?!」
「はい」
「かしこまりました。それではお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「えっ?」
朱葵は困った。
「青山」という本名を言ってもばれないだろうが、もしかしたら・・・・・・という可能性も全くないわけではない。
とっさに思いついたのが、5日間のホスト体験をしたときに使っていた名前だった。
「ヤマトです」
「ヤマト様ですね。それではお席にご案内いたします」
ボーイについて行く間に、朱葵は改めてフロアを見回す。
「フルムーン」は、さすがに六本木で1,2を争う人気店なだけあって、キャバ嬢たちのレベルが高い。
朱葵からしたら、ちょっと派手すぎるところがあるくらいで、女優やアイドルたちと変わらないんじゃないか、とさえ思う。
その中で、ユーキは格段華やかだ。フロアのどこにいてもすぐに見つけられるのは、朱葵の欲目のせいだけではないだろう。
ユーキなら芸能界でもトップを取るんじゃないか、と朱葵は思ってみる。
そして、もしユーキが芸能界にいたら、もっと早く彼女の存在を知っていたのに、と。
けれど朱葵は、同時にそうではなくて良かったとも思った。出会ったのが芸能界だったら、こんな風にユーキと知り合わなかったし、こんなにも自分から彼女を求めて走ることなんて、しなかっただろうから。
これが恋というものなんだ、と、朱葵は改めて実感したのだった。
「いらっしゃいませ、ユーキです」
そこへ、すっかり体調を取り戻した様子のユーキが現れた。
「ユーキさん」
「ヤマト様、昨日は申し訳ございませんでした。ご心配をおかけしました」
と、ユーキがかしこまって言うので、朱葵は恐縮した。
「一応店の決まりだから」
小声でそう言うユーキの背後には、「フルムーン」のオーナーがこちらを窺っていた。
「オーナー。ヘルプはいいですから」
ユーキが振り向いて言う。朱葵の正体がばれないように、気を使ってあげたのだ。
「それで、伝えたいことって、なに?」
「え? あぁ、えっと・・・・・・」
朱葵は言いづらそうに、言葉を詰まらせる。
「ユーキさんの今年の運勢は?!」
「え?」
思ってもみない言葉には、朱葵のほうが驚いた。
「いやっ、その・・・・・・俺、成人式の日におみくじ引いたら『大吉』でさ」
と、慌てて言葉を加える。
――こんなこと伝えたいんじゃないのに。
そう思いながら、なかなかそれを伝えられずに。
「そういえば、あたしもお店のみんなで明治神宮に初詣に行ったとき、『大吉』だったわ」
「えっ、同じ?」
「そうね」
朱葵は、ある確信を持つ。
「・・・・・・どんなことが書いてあった?」
「え?」
「ほら、恋愛とか、願望とか」
「なんだったかな」
確信は途中期待にも変化して、ユーキの言葉を待ちきれずにいた。
「『ひたすらに進め』とか?」
「あ、そう!! あれ? 何で知って・・・・・・」
ユーキも、確信した。
――わたしたちは、まったく同じおみくじを引いた?




