34 禁断の言葉
11時から撮影がある、という朱葵は、すでに10時を回っていることに気づくと、急いでユーキの家をあとにした。
「ユーキさん、今日お店に行っていいかな」
帰り際、朱葵はマンションの外まで見送りに来たユーキに言った。
「え・・・・・・」
「伝えたいことがあるんだ、ユーキさんに」
「・・・・・・うん、分かった」
ユーキは、隠し切れない戸惑いを持ったまま、そう答えた。
本当なら、ユーキも朱葵に、伝えなければいけないことがある。
“朱葵を、愛している”
だけどそれは、絶対に言ってはいけない、禁断の言葉。
愛なんていらない。
そう思っていたのに、生まれてしまった、朱葵への愛。
でもそれを、大事に育てていく余裕なんて、ユーキにはない。
2人の間に引いた境界線だって、まだ、消えてはいない。
だからこのときも、胸の苦しみを、熱のせいにして。
朱葵への愛を、心の奥に、閉じ込めて。
ユーキは、朱葵の香りに包まれたシャツを、脱ぎ捨てた。
* * *
朱葵が、ユーキの家を素早く飛び出していったのは、これ以上そばにいたら抑えが効かなくなる、と思ったからだった。
何もしない、と誓ってまで部屋に上がりこんだのだから、ユーキの信頼を裏切るような真似だけは、何としてでも阻止しなければいけなかった。
六本木のスタジオに11時入りの予定だったが、ユーキの家からは程近く、朱葵は10時半過ぎにテレビ局に着いてしまった。
朱葵は、携帯電話を手に取る。
「あ、東堂さん? 俺もう着いちゃったからさ、先に楽屋に入ってるね」
それだけ言って電話を切ると、朱葵は楽屋へと向かった。
「はぁ〜」
楽屋でようやくひとりきりの空間になると、朱葵は溜め息を漏らした。
体ではなく、心が疲れている。そんな感覚を持て余しながら、朱葵はユーキのそばで眠れなかった分の熟睡に陥った。
* * *
仕事がようやく終わったのは、午後11時になろうという頃だった。
朱葵は仕事終わりの桐野を捕まえて、言った。
「ごめん、カズさん。悪いんだけど、あとでまたメイクしてくれない?」
「はぁ?!」
友達と約束してるから、と言って東堂を先に帰した朱葵は、急いで桐野の待つメイクルームに走った。
そして、人のあまり通らない裏口からこっそり抜け出すと、その足で「フルムーン」へと向かったのだった。




