33 理想の女性
途中、ユーキの過去に関する部分が出てきます。
それを描くのはまだまだですが(汗)、のちに重要な物語になります。
倒れていたユーキに駆け寄った朱葵は、ユーキが下着姿なのに気づくと、慌ててシーツを捲くりとって、掛けた。
抱きかかえてベッドに寝かしつけたのはいいけれど、額が熱を持っているのを感じると、下着のままでは悪化してしまうんじゃないか、と、考えた。
人のクローゼットを勝手に開けるのは気が引けたので、朱葵は、自分がスーツの下に着ていた真っ白なシャツを脱いだ。
これも実は桐野から借りたものだが、そんなことは考えていられなかった。
ユーキに掛けたシーツをめくると、朱葵の目に、下着姿のユーキが映った。
むき出しになった華奢な肩に腰。腕も足も細い。けれど、ガリガリに痩せこけているわけではない身体つきをしている。それでいて、仰向けに寝てもちゃんと胸の谷間がつくられるほど、ふくよかで。
男と女を表現するのにぴったりな身体だ、と、朱葵は思う。
男が、自分のように肩幅が広くて、太っているわけではないけど筋肉が程よくついていてガッチリしているのなら、女はユーキのように、男の腕の中にすっぽりと入ってしまうようなしなやかさがある。
頭の中で、自分とユーキが抱き合っている姿を想像する。
このとき朱葵は、自分の中で密かに持っていた女の理想が、ユーキであるということに気づいたのだった。
シャツを着せるのは思っていたよりも難しく、加えて朱葵は目を閉じて着せようとしているので、片腕を通すのでさえ、ままならない。
――どうしようかな。
迷った挙句に、朱葵は薄く瞼を開いて、ぼやけた視界にかろうじて映るユーキを捉えて、なんとかシャツを着せた。
それでもボタンだけは何度やってみてもできなかったから、朱葵は視界をはっきりさせると、ボタンを丁寧に留めた。
* * *
夢を見た。
夢の中に入った私は人の目には映らないらしく、そこに立っていても、誰も、話しかけてこなかった。
目の前では、4年前の自分が、泣いている。
なぜ――。
理由は分からないけれど、その涙を、私は知っている。
あれは、愛するひとを、失くしてしまったときの涙だ。
そのときから、私はひとを愛することが、できなくなってしまった。
いつか失って、またあの涙を流すならば、愛なんていらない。
愛なんて、知らない。
朝の陽が瞼を眩しく照らすので、ユーキはゆっくりと目を開けた。
いつもの天井に、いつものベッドの感覚。
――ここまでどうやって来たんだろう。
昨夜の記憶がなかなかはっきりしてこないので、ユーキは起き上がる。
ボタッと、温くなったタオルが額からこぼれ、それを手に取って、ユーキははっとした。
部屋の隅には、ハンガーに掛けられた振袖と、その下には、壁にもたれて眠る、朱葵がいた。
「朱葵くん・・・・・・」
ユーキは、昨夜のことを思い出す。
朱葵が店に来たこと。朱葵の瞳に、強引に送られることになったこと。部屋まで抱きかかえられてきたこと。
そして、振袖を脱ぎ捨てると、胸を締め付けていた苦しさから解放されて、そのまま倒れ込んでしまったこと。
朱葵を愛しているのだと、自覚したこと。
ユーキは、自分がシャツを羽織っているのに気づいた。少し大きめなそれは、朱葵が昨夜、着ていたものだ。
――もしかして、朱葵くんが着せてくれた?
心が、燃える。
恥ずかしさなのか、照れなのか、両方なのか。
顔まで真っ赤になって、熱を帯びていくのを、ユーキは感じた。
「ん・・・・・・ユーキさん、起きた?」
ユーキは朱葵の声にビクッと反応する。
「あ、うん」
「具合はどう? 熱があったみたいだよ、ユーキさん」
「もう大丈夫。昨日はいろいろ迷惑かけて、ごめんね。それと、あの・・・・・・もしかして、見た?」
朱葵は一瞬考えると、ユーキの言葉の意味を理解して、喋り出した。
「あっ、うん。ごめんなさい、見るつもりは全然なかったんだけど。いや、全然って失礼な言い方だけど。けどそのままにはしておけなかったから。あ、でも目つぶってたし」
オドオドして朱葵が話すのを見て、ユーキは声をあげて笑う。
「あはは。目をつぶってシャツ着せてくれたの?」
朱葵はバタバタ振っていた手を下ろす。
「ほんとは薄目で見てた、かも。でも真っ暗だったし」
朱葵の必死な弁解に、ユーキはまた笑って言う。
「何もしなかったでしょうね」
「ちょっ、なに言ってるのユーキさん。何もしないよ!!」
「いろいろありがとう」
ユーキがそう言うと、朱葵も、照れたように笑った。