31 道
目が合ったとき、ユーキは確信した。
「もしかして、朱葵くん?」
お客は少し俯きがちだった顔をあげると、言った。
「やっぱりユーキさんは分かってくれるんだ」
「朱葵くん・・・・・・!!」
その姿は、塗り作られた朱葵だったけれど、ユーキは、久しぶりに見た朱葵の姿に、胸が苦しくなった。
ユーキは、倒れこむようにして席に座る。
「何してるの・・・・・・」
搾り取られた言葉だけが、2人の空間に飛び出す。
朱葵は気まずそうにユーキの顔を覗きこんで、言った。
「どうしても、会いたかったから」
そう切なげに話す朱葵の表情が、ユーキの瞳に焼き付いて、心にまで伝わっていく。
ユーキの中の、もうひとりの自分が、さっきから何度も同じ言葉を繰り返している。
押し込めたくて、ユーキは心の扉を閉じようと試みる。
だけど、もうひとりの自分は、どうやっても消えない。
胸が苦しいのは、帯をきつく締め付けているせいか、それとも・・・・・・。
「ユーキさん?」
様子のおかしいユーキを、朱葵は不思議そうに見る。
「お願い、帰って・・・・・・」
――これ以上この声を聞いていたら。
鼓動の高鳴りとともに、息が速く上がっていく。
そんなユーキの異変を感じた朱葵は、ボーイを呼んだ。
「ユーキさん、具合が悪いみたいなんですけど」
ボーイはオーナーに相談しに行くと、2人のもとに戻ってくる。
「ユーキさん。今日はあがっていいですよ」
ユーキも限界を感じて、「すいません」と言って、フロアをあとにした。
「お客様。せっかくご来店いただいたのに、申し訳ございませんでした」
ボーイが朱葵に頭を下げる。
「いえ、いいですよ」
朱葵はそう言うと、「フルムーン」を出た。
ユーキは、帯を解くことも億劫に感じて、振袖のまま店をあとにした。
タクシーを拾うため、ユーキは、ピカピカ通りに向かう。
ピカピカ通りまでの短い距離さえも、永遠に届かないところにあるみたいで。
まるで、自分と朱葵のようだ、と、ユーキは思ってみる。
そばにいるのに。
手を伸ばせば、触れることだってできるのに。
2人の間には、果てしなく続く、先の見えない道がある。
それが世界の違いというなら、きっと、道はなくならない。
お互いの世界が交わることなんて、永遠に、叶わないだろうから。
よろめく体を必死に立て直して、ユーキは固く目を閉じた。
そして、一歩ずつ確かめるように、前に進んでいく。
どの世界からも隔離された静寂の中で、カツ、カツ、と、草履の踵が鳴っている。
耳に響くその音を感じながら、ユーキは、初詣に行ったときに引いたおみくじを思い出す。
そこには、「大吉」と、記されていた。
「願望:ひたすらに進め」
「待人:必ず来る」
「争事:勝つ事十分なり」
「恋愛:良い人です信じなさい」
――この道を、ひたすらに進んでも、いいんだろうか。
ひとつ、またひとつと、音が数を刻んでいく。
目を開けたとき、自分はピカピカ通りまで、進むことができているだろうか。
もし、それができていたら・・・・・・。
2人がお互いのことだけを考えて、ひたすらに進むことができたら。
2人がまったく同じおみくじを引いたことを知っていたら。
ユーキも、運命というものを、信じていたのかもしれない。