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30 ひたすらに進め

「もっと正確に言うと、ドラマとはまた別人に見えるホストメイクをしてほしいんだ」

 朱葵がそう言うと、桐野はまだ分からないというような表情を見せていたが、承諾してメイクを始めた。

 普段から朱葵は何を考えているか分からないヤツだと思っていたが、このときばかりはまったく掴めない。

 桐野はひとつ溜め息をついた。

「なんでホストの格好なんだ? その人、おまえだって分からないんじゃないか?」

「だってそのままで行ったらさっきみたいに周りにばれるし。それに、その人はちゃんと俺だって、分かると思う」

「どっからその自信が来るんだよ」

 もうひとつ溜め息をつきながら、メイクを終えた桐野はカツラを手に取る。

「なんとなく。あ、カツラはあっちのにして」

「はいはい」

 こうして、ホスト朱葵は完成したのだった。

「ありがとカズさん。それじゃ俺、行ってくる」

 桐野に借りたスーツを身につけた朱葵は、玄関へと向かった。

「朱葵」

 そこを、桐野が呼び止めて、朱葵が振り向く。

「頑張ってこいよ」

 いつの間にか火をつけていたタバコから、一筋の白い煙が上がっていく。

 朱葵にはそれが、天まで伸びていく蔓みたいに思えた。

「うん。今年の俺は、望んだものを手に入れるんだ。なんとしても」

 朱葵はそう言って笑うと、マンションを飛び出し、走った。


 


 夜のつん、とした寒さが、肌を刺す。

 自分の吐く白い息を見て、朱葵は、タバコの煙を思い出す。

 あれが本当に蔓で、天まで伸びていたら。

 きっと、その先には神様がいるんだろう。

 そして、神様に会うことができたら。

 この恋の、幸せを、願うのだろう。

 そんなことを考えてみては、とうとう自分もおかしくなってしまったかと、ふっと、笑いがこぼれる。

 

 周囲はイケメンホストが息を切らして全力で走り去っていく後姿を、ただ見ていた。

 誰も、それが「青山朱葵」だとは、気づくことなく。


 朱葵は、走った。

 

 ――今年の俺は、望んだものを手に入れるんだ。なんとしても。


 自宅マンションで眠りから覚めたとき、そう決意してから、朱葵は、走ることを止めない。


 神様が朱葵にくれた言葉を、信じて。



 

 さぁ、ひたすらに進め。



 *  *  *



 そのころ、「フルムーン」は、年明け最初の開店日ということで、お客があとを絶えない状態だった。

「ユーキさん。ご指名入りました!!」

「は〜い」

 ユーキの指名客も次々に訪れる。みんな、ユーキに会えない時間を寂しく感じていたようだ。

「ユーキちゃん、久しぶり〜。待ってたよ」

「あけましておめでとうございます、安田様。今年もよろしくお願いしますね」

 この日、ユーキは振袖を着ていた。新年最初ということで、着物が合っていると考えたのだ。

 いつにも増して、艶やかさを身に纏ったユーキは、今年も絶好調だ。

 

 


 午後11時を過ぎると、早々とユーキのお客も一区切りついた。成人の日で休日だったせいか、お客は早い時間に訪れるのがほとんどだったのだ。

 ユーキは控え室で、久々の仕事の忙しさに疲れを感じていた。

 振袖を着ているせいか、帯の締め付けが胸を苦しくさせる。

 ユーキが帯を少し緩めようとしたところ、ボーイがやって来た。

「ユーキさん、ご指名入りました。お願いします」

「はい」

 帯に回した腕をぱっと引くと、ユーキはそのまま、フロアへと戻った。

「あちら、角の席になります」

 ボーイが案内した先には、お客の後ろ姿だけが見えた。

 なんとなく見覚えのあるような、だけど思い出せない、その後ろ姿に向かって、ユーキは歩いた。

 

 ――前にも一度、こんな状況になった気がする。


「いらっしゃいませ、ユーキです」

 

 ユーキは、お客と目を合わせた。




 

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