29 兄のような人
「運勢:大吉」
「願望:ひたすらに進め」
「待人:必ず来る」
「争事:勝つ事十分なり」
「恋愛:良い人です信じなさい」
自分の運命を信じて、あのひとに、会いに行く。
* * *
走り出した朱葵は、サングラスも帽子も忘れていたので、すぐに通行人にばれてしまった。
「えっ、青山朱葵?!」
「うそ?! なんでこんなところにいるの〜」
「めっちゃかっこいい!!」
興奮して周りを取り囲む女の子たちに、朱葵は行く手を阻まれていた。
「ごめん、ちょっと急いでるから」
と言っても、彼女たちに朱葵の言葉は聞こえていなかった。「声もマジいい〜」とさえ言われるくらいだ。
朱葵のマンションから、青山学院大学はそう遠くない。表参道ヒルズだって近い。
そんなところを変装もせずにふらふらと出れば、こうなることくらい、分かっていたはずなのだ。
だけど、部屋を飛び出した朱葵に、そんなことを考えている隙は、なかった。
心がすべて、ユーキを想っていたから。
「ごめん、通して」
朱葵は無理矢理に自分を囲む輪から抜け出そうとした。
けれど彼女たちは、それを許さなかった。
さっきから写メをばしゃばしゃと取られ、服を引っ張られ、体中触られている。
このとき朱葵は、やっぱり女は苦手だ、と、心底思った。
すると、
「あれ? 朱葵?!」
と、輪の向こうから声がして、朱葵と、女の子たちもそっちを見やった。
「あ、カズさん」
そこにいたのは、ヘアメイクの桐野和登だった。
桐野のおかげで女の子たちから逃れた朱葵は、桐野のマンションに来ていた。
さっき会ったとき、朱葵は、桐野に頼みがある、と言った。それなら、と、ここにやって来たのだ。
実はこの2人、2年前に朱葵が初主演したドラマで知り合って以来、プライベートでもよく遊ぶ仲なのだ。
そして桐野もまた、朱葵のマンションからほど近い、青山に住んでいるのだった。
「なんであんなところ出歩いてるんだよ。偶然買い物に出てたから見つけられたけど」
朱葵は、何て言うべきか、一瞬戸惑った。だが、正直に話すことにした。
「ちょっと会いたい人がいてさ。考えるより先に、部屋を飛び出してた」
桐野は朱葵の目を見た。
「彼女か?」
「違うけど、そうなればいいなって、思ってる」
「いいのかよ、そんなこと俺に言っても」
いくら仲かいいといっても、朱葵は芸能人。桐野は朱葵から、今まで恋愛に関する話を一切聞いたことがない。
この突然の告白に、桐野は驚いた。
ちなみに、桐野の恋愛話は2人の間でよく話題に出る。それは、5歳年上で爽やかイケメンの桐野の話を、いつも朱葵が聞きたがっていたからだった。。
朱葵には兄弟がいない。だから、無意識に朱葵は桐野を兄のように見ていたのだろう。
いま、朱葵が告白したのだって、桐野を信じているからこそだった。
「カズさんは誰にも言わないよ」
そう朱葵が言うと、桐野は照れて笑った。
「ところで、お願いってなんだ?」
「うん。いつもやってくれてるドラマ用のホストメイクを、やってほしいんだけど」
「はぁ?!」
桐野には、朱葵の言っていることの意味が、分からなかった。