2 ユーキの素顔
「ユーキさん」
「どうしたの? なにがあったの?」
ユーキがオーナーにそう問いかけると、事の始まりを有紗が話した。
「そうでしたか。松岡様、どうもすみませんでした。有紗ちゃんも、ほら」
と、ユーキが有紗にも謝罪を求めたので、有紗は仕方なく謝ることにした。
――ユーキさんまで、あたしが悪いと思ってるんだ。
そう思いながら。
「なんだよ。最初からそうしてりゃいいんだよ」
松岡はナンバーワンのユーキの登場にビクつきながらも、態度を大きくして言った。
「でも、松岡様。フルムーンはお客様とのプライベートのお付き合いはしていません。だから有紗ちゃんも同伴のお誘いだと勘違いしてしまったこと、理解してくださいね」
ユーキがそう言うと、松岡は何も言えずぐっと口を噤んで、そそくさと帰っていった。
「みなさま、お騒がせいたしました。このあともごゆっくりお楽しみください」
ユーキがにっこり笑って、フロアは再び華やかさを取り戻した。
翌5時に、店は閉店した。
有紗は、いち早く着替えを済ませると、ユーキに駆け寄った。
「ユーキさん、すいませんでした」
「有紗ちゃん、お疲れさま。松岡様、前来たときちょっと危ない感じだったから心配してたんだけど、フォローが遅くなっちゃったね」
「いえ、ユーキさんが来てくれたおかげでなんとか。でも、あの・・・・・・なんで謝らなきゃいけないんですか?」
有紗はどうしても納得できなかった。
「あたしも入店したときはそんな失敗してたんだけど。先輩から、『たとえこっちに非がなくても、相手はお客様なんだってことを忘れちゃダメだ』って、教えられたことがあって。そう、相手はどんな人でも、お金を払ってきてるわけだから、こっちが下手に出ないとね。でもあんな勘違いなヤツ、あたしも客じゃなかったら殴り飛ばしてるわ」
とユーキが言って、有紗はまた、ユーキを好きになった。
* * *
ユーキは、20歳のときに「フルムーン」に入店した。
ぱっちりした大きな瞳に、笑ったときのあどけない感じが人気で、すぐに指名客を増やしていった。
2年後にはナンバーワンの座を手に入れ、それから2年間キープしている。今もユーキの人気は、上昇していくばかりだ。
ユーキの接客は、まるで、いもづる方式だ。ユーキの常連客が連れてきた人たちは、みんなユーキに心を奪われてしまう。なんというか、上手いのだ。男の心を掴むのが。
誰にでも素直に接しているから、ユーキを敵視する人もいない。まさに、成るべくしてそうなった、といえる。
だけど、誰もユーキのことを知らない。ユーキの抱えているもの、過去、普段の生活はもちろん、ユーキの性格を本当に理解している人なんていない。
みんなに見せているユーキは素だけれど、それだけじゃない。人が誰でも持っている暗くて汚い部分を、当たり前だが、ユーキも持っているのだ。みんなはユーキを心から素直でいい子だと思っているし、ユーキがそれを隠すのがとても上手いから、誰も気づかないだけで。
ユーキは、もしかしたら誰よりも汚い心を持ち合わせているのかもしれない。
ユーキの素顔。
それは、誰もが知っていると、思い込んでいる。
実際は、誰もが知らない。知ることができないのだった。
ユーキの、あまりにも鮮やかな、隠し方によって。