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28 朱葵の決意

 ドラマの撮影はクリスマスまでにひと段落したが、年末から新年にかけて、バラエティ番組の収録が溜まっていた朱葵は、年を跨いで2週間ほど、全く休みのない生活を送っていた。

 役者として売っていきたい、という事務所の方針で、もともと朱葵はあまりバラエティには出演しない。もし朱葵がバラエティに出ていたとしたらそれは、何かしらの目的がある。

 毎年この時期にはオフを貰っていた朱葵だが、今年は1月からのドラマの番宣のために、多くの番組に出演しなければならなかった。

 今までも番宣でいくつかの番組に出演していたが、今回のように毎日収録が続く、というのは初めてだ。

 それほど新ドラマにかかる期待も大きいのだろう、と、朱葵は感じていた。


 ドラマの撮影は順調に進んでいる。

 朱葵はホストを経験しただけの演技力があり、業界一厳しいと言われている監督から、滅多に出ないという一発OKをもらうほどだった。

 他の役者とのスケジュールも上手い具合に合っていた。 

 朱葵の「ドラマに集中したい」という役者魂のようなものを、マネージャーの東堂も感じ取って、ラジオや雑誌の取材など、他の仕事を極力入れないようにした。

 そのおかげで、朱葵はドラマだけに情熱を注ぐことができたのだった。


 ――クリスマス以来、ユーキさんに会ってないな。


 そんな忙しい毎日の中で、朱葵は1日に1度、ユーキのことを考える時間ができていた。


 年が明けたというのに、新年の挨拶もしていない。

 振られたからといって、あっさり諦めたわけでもない。


 そんな気持ちが会えない時間に比例して、ユーキへの想いはむくむくと膨らんでいった。





 ようやく休みがもらえたのは、年明け成人式の前日だった。

「明日は9時に迎えに来るからな」

 東堂は朱葵に言った。

 今年の成人式。成人を迎える朱葵は、明治神宮で報道陣やファンを前に御参りをすることになっていた。

「わかった」

 朱葵のマンションから明治神宮は近い。

 初めは家で袴を着て、そのまま歩いて向かおうとしていたのだが、さすがにそれは東堂に止められた。

 結局、すべての支度を済ませた朱葵を、東堂が車で迎えに来ることになったのだった。


 翌日、明治神宮には朱葵を待っていた報道陣が約30人。ファンが3000人、押し寄せた。

 ひとりの芸能人のためにこれだけの人数が集まったのは異例だということで、この映像はその日の夕方から翌日までのニュースを飾った。

 東堂もその様子を見て、朱葵の人気ぶりを改めて実感していた。

 本堂での挨拶が終わると、朱葵は報道陣の囲み取材を受けた。

「成人を迎えて、どんなお気持ちですか?」

「まず、何をしたいですか?」

 と、お決まりの質問に、朱葵はすらすらと答えていく。

 また、初詣も兼ねてきた、と朱葵が言うと、

「去年はどんな1年でしたか?」

「今年の抱負は?」

 などの質問も受けた。

 すると、ある芸能レポーターが、言った。

「去年はお仕事がとても充実していましたが、プライベートのほうは?!」

 朱葵は、一瞬黙ってしまった。

 それを見逃さなかったレポーターは、さらに質問を繰り返す。

「プライベートも充実していましたか?!」

 レポーターは、決して最初から朱葵を怪しんでいたわけではない。相手が誰であっても、とりあえずプライベートを聞くのが自分の使命であるかのように、必ず聞いているのだ。

 朱葵だってそれを分かっていたはずなのに、いざ質問されると、言葉が詰まってしまった。

 ユーキに告白した、あのクリスマスの出来事を、思い返してしまったのだった。

「いや、休みがほとんどなくて、あまりプライベートは楽しむことができなかったですね。仕事は楽しいけど、ひとりで買い物とかするのも好きなんで」

 すぐに我に返った朱葵は、そう答える。

「じゃあ今年の願いは、プライベートな時間が欲しい、と?」

「はい。そうお願いしました」

 囲み取材は20分ほどかけて無事に終わり、朱葵はそのあとおみくじを引いた。

 

 


 成人式が終わって、午後からはオフだった。

 朱葵は東堂にマンションまで送ってもらったあと、窮屈な袴を、ベッドに一枚ずつ投げていった。

 さらにその上に自分の体を預けると、次第に意識が混沌としてくるのを感じた。

 そのあとは自然に、いつの間にか深い眠りについた。


 眠りの中で、朱葵は何度も自分に問いかけていた。


 ――これから、どうしよう。


 レポーターに何を願ったか、と聞かれたとき、朱葵は「プライベートな時間が欲しいとお願いした」と、答えた。

 それは間違いではない。でも、正しくもない。

 本当は、こう願っていた。


 ――ユーキさんと、もっと、一緒にいたいです。


 だけど、どうすればいいか、どうするべきなのか、朱葵には分からなかった。




 眠りから覚めると、すっかり夜を迎えていた。

 朱葵は、覚悟を決めたように、ある決意を胸に抱いて、家を出た。

 しわくちゃになった袴に気づかずに、それを、ベッドの上に放ったまま。


 ――自分の信じた道を行こう。


 朱葵は、明治神宮で引いた「大吉」の示すほうへ、走った。

 


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