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25 切ない嘘

 ――言ってしまった。


 ユーキに好きだと言った瞬間、朱葵は、そう思った。

 けれど、後悔なんかじゃない。

 驚きだった。

 それは、自分でも口にするまで分からなかった気持ちだったのだ。


 


 2人を照らすイルミネーションは、なんだか一層輝いているように思える。

 そのせいか、朱葵の目に映るユーキは、今までとは違って見えた。

 クリスマス仕様のドレスもメイクも、髪も、ユーキにとても似合っている。それでいて、ユーキを美しくするための引き立て役のようだ。


 朱葵は、ユーキの答えを待っていた・・・・・・というより、ただユーキの美しさに見惚れて、ずっと、見つめていた。

 ようやく2人の前を通った「空車」のタクシーにも気づかずに、 ユーキもまた、朱葵の目を、じっと、見つめていた。

「ユーキさん」

 自分の名前を呼ぶ朱葵の声がたまらなく愛しいのも、その切なそうな顔を抱きしめて胸に埋めたいと思っているのも、分かっていた。

 ユーキの心は、朱葵を、求めていた。


 だけど。


「私にとって朱葵くんは・・・・・・お客様でしかないわ」

 ユーキは続ける。

「初めて会ったときを、覚えてる?」

 朱葵はゆっくりと頷く。

「あのとき、朱葵くんは常連様に連れてこられて」

 そう話しながら、ユーキは、思い返していた。

 忘れるはずがない。朱葵は、初めて自分を見抜いた人だったから。

「樹を紹介したり、家で看病したり、テレビ局を案内してもらったり。少ないけど、全部、楽しくて」

 朱葵もまた、思い出していた。

 忘れることなんて、できなかった。朱葵にとって、初めての出来事ばかりだったのだから。

「それでも私は、初めから朱葵くんを、お客としてしか、見ていない」

 

 

 冷えた風が2人の空間を裂いて、雑踏も、人の声も、急にうるさく耳に届いてくる。

 少しだけ沈黙が流れたあと、朱葵は、体を震わせるユーキの首元に、自分のマフラーを優しく投げた。

「メリークリスマス。あと1分で今日も終わっちゃうけど」

 そして振り向いて、ちょうど通った「空車」のタクシーをつかまえて、乗り込んだ。

「朱葵くん、これ・・・・・・」

 ユーキはタクシーに駆け寄る。

「俺のだけど、ないよりいいよね。クリスマスプレゼント」

「朱葵くん」

 朱葵は笑って言った。

「ユーキさん。風邪引かないうちに、お店戻って」

「待って・・・・・・」

 窓が閉まると、ユーキの声は朱葵には届かず、タクシーはその場を離れていった。

「朱葵くん・・・・・・」

 ユーキはマフラーをぎゅっと握り締めた。


 ――ごめんね。それ以外、思いつかなかった。


 ユーキは、嘘をついた。

 本当は、惹かれていた。朱葵と同じように、こんなにも誰かのことを想ったことは、なかった。

 だけど、どうしても、言えなかった。


 まだ、境界線は、ユーキの目に映っていたから。

 朱葵を好きになってはいけない、と、心が訴えていたから。


 朱葵を想う気持ちが、微かに動いたのを、気づかないふりをして。


 ユーキは、切なくて苦しい嘘を、朱葵に突き刺した。




 

 薄く残った朱葵の香りに温められながら、ユーキは店へと戻った。



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