23 衝動
次回はいよいよ話が盛り上がる予定です!!
「あれ、ユーキさんと愛ちゃんは?」
撮影がひと段落して戻ってきた朱葵は、いつの間にか片付けられていた椅子に気づいた。
「仕事があるからって帰ったよ。ありがとうって伝えてくれって」
「そうなんだ」
朱葵が少しだけ表情を落として言ったのを、東堂は見逃さなかった。
「おまえ、あんまりのめり込むなよ」
と、忠告する。
朱葵は、東堂の真剣な眼差しに、思わず息を呑んだ。
――気づかれている?
朱葵は、2人の関係が疑われているのではないかという不安に襲われていた。
「キャバクラ嬢なんだろ? お前はクールさを売りにしているんだから、キャバクラに通っているなんて噂が立ったら、とんでもないことになるんだぞ」
東堂はさらに釘を差す。
これからの可能性も、今潰しておこうと考えたのだ。
「分かってるよ。キャバクラにはドラマの役作りのために一度行っただけ。もう行かない。それでいいんだろ」
と、朱葵は言い放つ。
とりあえず今はまだ、東堂は2人を疑ってはいない。
そう気づいた朱葵は、“店に行かなければいい”と、考えていた。
「あぁ、それでいい。彼女も、おまえが店に来ない限り会うこともないって言ってたしな」
――え?
朱葵は、言葉が出なかった。
もう行かない、と言ったのも、店に行かなければいい、と考えたのも、ユーキの家を訪れればいくらでも会えると思っていたからだ。
けれど、ユーキはそれさえ考えていなかった。あくまで、朱葵を“お客”としてしか見ていない、ということだった。
このとき、朱葵の中で、何かがはじけた。「パンッ」と、何かが潰れたような、もしくは割れたような、音がした。
朱葵の中に眠っていたもうひとりの朱葵が、呼び覚まされたみたいに、心がはじけた。
――俺は、ユーキさんを、どう思っている?
問いかける。目覚めたばかりの、自分に。
演技をしながら。
監督の指示を受けながら。
東堂と会話しながら。
そして、午後11時。撮影が終了してすぐに、一向に返ってこない答えを求めて、衝動的に走り出しながら。
「おい、朱葵!! どこへ行くんだ?!」
そんな東堂の制止も聞かずに、朱葵は、走った。
――ユーキさんに、会いたい。
そこに答えがあるのだと、信じて。
* * *
クリスマスの夜はまだまだこれからだ。
午後7時。ユーキはいつもより早い時間に出勤した。
クリスマスの今日は、ピカピカ通りに施されたイルミネーションにも勝るほど、「フルムーン」はネオンを華やかに着飾っている。
「いらっしゃいませ、河野様」
ユーキのお客はあとを絶えずにやって来た。
「はい、ユーキちゃん。クリスマスプレゼント」
「ありがとうございます」
ユーキはにこやかに見ている河野の目の前で、包みを開けた。
「わぁ、フランクミューラーの時計じゃないですか」
「すごい!! さすがユーキさん」
ヘルプについた2人が、先に声を上げた。
「こら。すごいのは私じゃなくて、河野様でしょ」
と、ユーキは言う。
その言葉に、2人ははっとして、言った。
「そうでした!! さすが河野様です」
「次期会社社長なだけあります!!」
この仕事では、まずお客を立てることが第一である。
しかし2人は、ユーキへの憧れが強いあまりに、ついユーキを褒めてしまったのだった。
そのせいで、そこの空間に、少しだけ不穏な空気が流れた。
「でも、そんな素晴らしい河野様にプレゼントを頂けるなんて、2人の言うとおり、私ってすごいわね」
と、ユーキが言うと、
「ははは。そうだ、俺から貰えるユーキちゃんはすごいな」
と、河野が笑った。
そしてユーキは、なんとか河野の機嫌を損ねることなく、見送ったのだった。
そのあとは問題なく、ユーキは常連客からシャンパンやプレゼントをいくつも貰っていった。
午後12時、10分前。もうすぐクリスマスが終わる時間になっていた。
けれど、夜が更けていくにつれて賑わいを見せていく「フルムーン」には、12時を過ぎても、「メリークリスマス!!」という声が絶えないのだろう。
ユーキは、お客を見送ったあと、少しだけ時間が空いたので、化粧室で急いでメイクを直した。
そのあとフロアに戻ると、「ユーキさんに新規のお客様が来られています」とボーイに告げられ、席へと案内されていった。
――クリスマスに新規のお客様なんて、珍しいな。
そんなことを思いながら。
「お待たせしました。ユーキです」
顔を上げると、確かに見覚えのある顔で、そこにいたのは。
忘れることのできない“彼”だった。
ホスト朱葵、復活。