22 東堂の企み
「2人はどんな関係なんですか?」と、問われたら、なんて答えるだろう。
ユーキは、「キャバクラ嬢とお客」か、もしくは「ただの知り合い」だと、そっけなく、返すだろう。
朱葵はもしかしたら、ユーキとは違う答えを返すかもしれない。
そう、きっと、「他にはない特別な関係です」なんて、返すのだろう。
そしてその言葉で、2人の間に引いたユーキの中の境界線は、消えてしまうのだろう。
2人は、それをまだ、知らないけれど。
* * *
簡単な昼食が終わると、3人はスタジオに戻った。
「せっかく来てもらったのにすいません。今日はあんまり出番ないはずだったのに、急に変更になったらしくて」
と、朱葵は申し訳なさそうに謝った。
「いいわよ。愛ちゃんも喜んでるし」
ユーキがそう言うと、朱葵は撮影に向かった。
その姿を見送ったあと、ユーキはしゃがんで愛の前に立った。
「愛ちゃん。そろそろ帰ろうか」
「え〜!! アイもっとおにいちゃんと一緒にいたいよ」
「おにいちゃん忙しいみたいだから、私たちがいたらお仕事をもっと大変にさせちゃうでしょ?」
愛はユーキの言葉にしょんぼりしたが、朱葵の忙しそうな様子を見て、言った。
「・・・・・・うん、わかった」
ユーキは愛の柔らかい髪をそっと撫でると、スタジオを出た。
――ごめんね朱葵くん。勝手に帰っちゃうけど。
ユーキはスタジオを振り返った。
緊迫した雰囲気が流れている中に、朱葵はいた。
そこで、演技をしていた。
「帰られるんですか?」
マネージャーの東堂がユーキに話しかけてきた。
「ええ。朱葵くんに『ありがとう』って伝えておいてください」
「せっかくですから、テレビ局内を案内しましょうか」
「いいえ。もう帰らないと、仕事もあるので」
そしてユーキが愛を連れて帰ろうとしたところを、東堂は言った。
「それじゃあ、玄関までお送りします」
東堂には、どうしてもユーキに確かめなければならないことがあった。
エレベーターを待っている間、東堂はユーキに聞いた。
「ところで、どんなお仕事を?」
「六本木のキャバクラに勤めています」
ユーキはキャバクラで働いていることを隠そうとしない。それは、別にたいしたことでもないと思っているからだ。
東堂はユーキの言葉ではっとなった。
朱葵から聞いた「今回のドラマで協力してもらってる人」と、ユーキの言った「六本木のキャバクラで働いている」という言葉を合わせると、前にドラマのプロデューサーに連れられて行った「フルムーン」を連想させたのだ。
「ユーキさんって、もしかして朱葵がお客として行ったお店の・・・・・・」
「あ、そうです。私の常連様が連れてこられたときに、初めて会ったんです」
――やっぱり。
「朱葵とはよく会うんですか?」
と、東堂はユーキに問う。
「いいえ。まだ数えるほどしか。今日は前に『この子が朱葵くんのファンだ』って言ったら、ぜひ連れてきてって言ってくれたので。でもそれがなかったら、朱葵くんがお店に来ない限り、会ってなかったでしょうね」
ユーキは笑いながら、愛に目線を落として言う。
東堂はまるで、だから安心してください、とでも言われたような気持ちだった。
その言葉から、朱葵への気持ちがないのを、東堂は悟った。
そのときエレベーターが開き、ユーキが「ここでいいです」と言うと、東堂が安心した様子で見つめる中、その場をあとにした。
エレベーターが到着するまで、約5分もかかった。
それは、東堂の企みだった。
ユーキに、朱葵との関係を確認するために。
いつも使うエレベーターではなく、何人もの業者が荷物を運ぶために使う業務用のエレベーターを案内したのだった。
一方で、ユーキは東堂の考えていることを、うっすらと理解していた。
それは、あの東堂の、問いただすような目。
何人もの人を接客しているユーキにとって、その目がどんなことを表すのかを感じ取るのは、容易いことだった。
けれど、だからといってユーキはなんとも思わなかった。
自分と朱葵の関係を疑われるのは気分のいいことではなかったが、そのときのユーキは、まだ世界の違いを忘れてはいなかったから。
2人の間に引かれている境界線が、ちゃんと見えていたから。
これからは本当に会うこともなくなるのだろう、と、本気で思っていた。
そう思ったのは、もう何度目になるか、わからないけれど。
そして、その度に朱葵はユーキの前に現れていたのだと、まだ、気づいていないけれど。