20 朱葵の誤算
読者のみなさま、今年は読んでくださってありがとうございました。
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「朱葵くん、10分遅刻なんだけど」
例によって、待ち合わせ10分前に来ていたユーキは、遅れてきた朱葵に向かって言った。
「ごめんなさい。それでこれからすぐに撮影が始まるから、とりあえず一緒に来て」
朱葵は慌てた様子で言うと、2人を関係者入り口のほうへと連れて行った。
「ねぇ。あれ、青山朱葵じゃない?」
テレビ局を出てしまった朱葵は、すぐに一般人に見つかっていた。
もしユーキがひとりでいたら、このことは噂になっていたかもしれない。
「青山朱葵、年上美女をテレビ局に招待!!」みたいな見出しで。
けれど愛がいるおかげで、朱葵が若い母子を案内している程度にしか見えなかったのだった。
「ここが撮影スタジオ」
朱葵が扉を開けると、マネージャーの東堂が朱葵を見つけて、駆け寄ってきた。
「朱葵!! どこ行ってたんだ。撮影始まるぞ」
東堂は朱葵の隣に並ぶユーキと愛を見つけると、朱葵に目配せした。
「俺の知り合い。見学しに来てくれたんだ」
「え?」
東堂がユーキのほうを見る。
「突然すみません」
ユーキがそう言うと、東堂は一瞬驚いて、そのあとすぐに言った。
「いえ。どうぞゆっくり見ていってください」
そして2人を邪魔にならないようなところへと、案内した。
* * *
スタジオに向かう途中、朱葵は、ユーキのことを東堂に何て紹介するべきか、考えていた。
――本当のことを言ってもいいかな。
それはユーキが、キャバクラで知り合って、役作りに協力してくれた人だということだ。
それ以外のユーキとのつながり――ホストクラブで働いたこと。風邪を介抱してもらったこと――は言わないでおくにしても、それだけは言ってもいいだろうと思っていた。
けれど、やっぱり敏腕マネージャーの東堂だから、変に勘ぐられてしまっても、と思い直し、「知り合い」という言葉に留めておいたのだった。
一方、東堂は、ユーキと愛を見た瞬間、「母子」だと思い込んだ。
そのあと朱葵が「知り合い」だ、と紹介したので、東堂は変に気にならなかった。
しかし、そのあとユーキが「突然すみません」というのを聞いたとき、東堂は、胸が凍りつくような驚きを感じた。
同じだったのだ。
前に電話で聞いた、若い女性の声と。
東堂は一瞬のうちに、いろいろなことを考え巡らせた。
――もし朱葵とこの女性が、単なる知り合いだけでは済まない関係だったら。
東堂は頭の中で、「青山朱葵、子持ちの年上美人と不倫?!」みたいな見出しを想像した。
そして、最近熱愛が発覚した人気アイドル2人を思い出した。熱愛発覚後、ファンたちが発狂し、2人はしばらく芸能活動を休業することになったのだ。
朱葵は今や若手の中で一歩上を行く俳優にまで登り詰めている。
そんなときにスキャンダルが発覚してしまったら、朱葵もアイドル2人と同じ道を行くことになってしまうだろう。
――この2人の関係を、はっきりさせておかなければ。
東堂は思った。
もし2人が単なる知り合いではなかったら、どんな手を使ってでも引き離そう、と。
朱葵の誤算は、2つ。
ひとつは、あのとき電話越しに、ユーキの声が東堂に漏れてしまっていたこと。
そしてもうひとつは、東堂の敏腕マネージャーぶりを、甘く見ていたことだった。