19 クリスマス当日
「ユーキさんに、伝えてほしいことがあるんですけど」
と、朱葵は言った。
「ユーキに?」
「はい。明日、ドラマの撮影があるんですけど、よかったら見に来てくださいって」
「撮影を?」
「あの、愛ちゃんが俺のファンだって、聞いたんで。明日は空き時間が結構あるから、テレビ局を案内できるし」
「おまえ、愛のこと知ってるのか?」
「はい。こないだユーキさんの家で会いました」
「ユーキは愛のことを何て?」
「『事情があって、姉のかわりに育ててる』って、言ってましたけど」
「あぁ、そうか」
「違うんですか?」
「いや、本当のことだよ」
すると、朱葵が電話の向こうで黙っている。
「どうした?」
「・・・・・・樹さんって、ユーキさんのことは何でも知ってるんですね」
朱葵はどこか寂しげに言う。
「気になるか? 俺とユーキの関係が」
「気になります」
朱葵は間髪入れずに答える。
――はっきりしてるな。
樹はふっと笑った。
「まぁそれはユーキに直接会って聞けよ。それより、明日ユーキはテレビ局に行けばいいのか?」
「あ、はい。テレビ局前の噴水まで来てくれたら、俺が迎えに行きます」
「じゃあそう言っとくよ。時間は?」
「え? でもまだ来てくれるか分からないし」
「絶対行くように言っておくから、おまえは心配しなくていい」
「じゃあ、12時に」
「分かった。伝えとくよ」
「お願いします」
そして樹はその足で「フルムーン」へ向かい、ユーキにそれを伝えた。
「行かないわよ」
もう会わない、と誓った心が挫けてしまうのを恐れていたのか、ユーキはきっぱりと言った。
「何で?」
「会わないって、決めたから」
樹は、そんなユーキの心を読んで、さらに言った。
「ユーキ。おまえ、愛へのクリスマスプレゼントは買ったのか?」
「え? まだだけど」
「じゃあ、愛のために行ってこいよ。朱葵のファンなんだろ?」
「そうだけど」
確かに、愛は前から朱葵をかっこいいと言っていたし、家に来たあとも「おにいちゃんは今度いつ来るの?」と、何度もユーキに聞いてきたほどだ。
姉のかわりをしっかりと果たしたい、と思っているユーキにとって、愛を喜ばせたいという気持ちは何よりも強い。
ユーキは、しばらく俯いて考え込んだあと、とうとう考えることに疲れたように、言った。
「・・・・・・分かった。愛ちゃんを連れて行ってくるわ」
「じゃあこれ、時間と場所のメモな」
と言って樹から渡されたメモを、ユーキは強く握り締めた。
――あの日誓ったことを裏切ったわけじゃない。明日は、愛ちゃんのために行くんだから。
そう言い聞かせながら。
そんな風に理由を正当化しなければ、境界線は消えてしまいそうだった。
* * *
クリスマスがやってきた。
ユーキはいつもなら午後になってから起きる。仕事が終わって家に着くのが6時ごろで、それから小学3年生の愛を送り出し、家のことをやって、9時過ぎてようやくベッドに入るからだ。
けれど、冬休み中の愛を起こす必要もない今日は7時には眠りにつき、午前10時に、目覚ましを鳴らした。
「みきちゃん、今日は早いね。どこか行くの?」
愛は毎週欠かさず観ているアニメからぱっと目を逸らして、ユーキに言った。
「うん。愛ちゃんも一緒に行こう?」
「アイも行っていいの? どこに行くの?」
「それはあとのお楽しみ。11時には出るから、支度しておいてね」
「うん!!」
ユーキはシャワーを浴びたあと、ベースメイクだけをさっとした。
夜には仕事に行かなければならないが、これから行くところには、仕事用の派手なメイクを施していく必要がなかったし、逆に目立ってしまうだろうと思った。
ファンデーションを塗って薄くチークを頬にのせ、色つきのリップを唇につけるだけで、ユーキは華やかさを身に纏う。
それは夜の妖艶と可憐を併せ持った華やかさとはまた違った、純粋で無垢な透明感のある華やかさだった。
「みきちゃん、ここ?」
愛は辺りをキョロキョロ見回して言った。
ユーキはメモを見ながら、目的地へと進んでいく。
「ここみたい」
そして、立ち止まったのは、テレビ局の噴水前だった。
「わぉ〜すご〜い」
愛は目の前に聳えたつテレビ局を見上げてはしゃいでいる。
「すごいね、愛ちゃん」
ユーキもそれを見上げる。
――ここに朱葵くんがいるんだ。
ユーキは改めて、朱葵との世界の違いを実感していた。
「ユーキさん、愛ちゃん。お待たせ」
待ち合わせ時間を10分過ぎたころ、そこへ、朱葵がやって来た。