18 クリスマスの過ごし方
物語の進行都合上ここでは「クリスマス」と言っていますが、クリスマスイヴかクリスマスかは深く考えないで読んでください。
12月も終わりに近づくと、街は一層華やかにネオンを着飾る。
それは、「フルムーン」が忙しくなる合図でもあった。
「いらっしゃいませ〜」
客足が絶えないのはいいことだが、キャバクラ嬢たちの表情はどこか浮かない。
この調子でいけば、3日後に迫ったクリスマスにも出勤せざるを得ないからだった。
「あ〜あ、せっかく彼氏と迎える初めてのクリスマスなのにな〜」
そんな声も、ちらほらと聞こえてくる。
その日の仕事終わり、帰り支度をしながら、キャバ嬢たちは話していた。
話題はもちろん「クリスマスについて」。
ユーキもその場にいたので、なんとなく、聞いていた。
「なんか街でカップルが歩いてるのを見ると、『クリスマスも一緒に過ごすんだろうな〜』とか、思っちゃうんだよね」
「あ〜分かる。あたし去年も出勤だったけど、そう思ってたもん」
「彼氏いない子でクリスマス休みっていないの? お願いだから誰か代わってよ」
そんな話がいくつか繰り返されたあと、誰かがユーキに聞いた。
「ユーキさんも、もちろんクリスマスは出勤ですよね。樹さんも絶対出勤だろうから、2人は会えないんですかぁ?」
ユーキはすっぱりと答える。
「そうね、樹とはクリスマスに会ったことはないわね」
すると、キャバ嬢たちは一斉にユーキに詰め寄る。
「え〜?! 2人ともかわいそうですぅ」
ユーキはその勢いに驚きながら、言う。
「別にクリスマスだからって、会いたいわけじゃないし」
「なに言ってるんですか!! クリスマスは恋人たちにとって特別なんですよ」
「恋人って・・・・・・」
ユーキと樹は恋人ではない。
でもそれは、本人たちしか知らない。
そしてそれを、2人はあえて否定しない。肯定だってしたことはないが、「恋人なんかじゃない」とも、言わない。
「じゃあなんで2人は親密そうにしているんですか?」と、聞かれたときに、説明するのが面倒だから、恋人という関係を偽っているのだ。
本当のことなんて、他人には言えないことだから。
「でもユーキさんがいないクリスマスなんて、『フルムーン』にはありえないですもんね」
誰かがそう言って、会話は途切れた。
キャバクラで働き始めてから、ユーキはクリスマスを毎年「フルムーン」で過ごしている。
もちろん今年もそのつもりで。
大切な人と過ごすクリスマスなんて、ユーキはもう、忘れてしまっていた。
* * *
金曜日の「フルムーン」は、特にお客が多い。
クリスマスを前日に控えた今日は、明日来れないお客たちが、挙って来店する。
この客もまた、明日は会えないからという理由で、ユーキに会いに来たのだった。
「いらっしゃい、樹」
「よお」
ユーキは樹の隣に座る。
「大丈夫なの? こんな日に店にいなくて」
「フルムーン」同様、「トワイライト」にも、今日はお客がどっと押し寄せているはずなのだ。
「俺は9時過ぎないと出勤しないからな。俺の客だったらそのくらい分かってるさ」
樹がタバコに手をかけると、ユーキはさりげなく火をつける。
こんな仕草でも、2人がやると周りはそれに見惚れる。
「フルムーン」のキャバ嬢にとって、ユーキと樹は憧れの対象であり、ずっと見ていたい恋人の理想像なのだ。
「それより、あいつ、朱葵とはどうなんだよ」
ピクッ、と、ユーキの手が止まる。
「どうって、何が?」
「家に連れてったろ。何かあった?」
樹はにやにやしながら言う。
「別に、何も。愛ちゃんだっていたし。それに、何の関係もないし」
「関係なくはないだろ。少なくとも、朱葵はユーキと何か関係を持ちたかったんじゃないのか?」
「まさか。ホスト役のためにあたしを利用しただけでしょ」
「・・・・・・ユーキ、おまえ、どうした?」
樹は、ユーキの異変を感じた。
「なんでそんなに卑屈になる?」
樹の言葉に、ユーキは一瞬、押し黙った。
「・・・・・・そんなつもり、ないけど」
「恐いのか?」
「・・・・・・なにが?」
「“世界の違い”だよ」
そのとき、フロアにガタン、と、大きな音がした。
他の客やキャバ嬢たちが、一点を見た。
すると。
ユーキが席を立ち上がり、樹を睨むようにして、見下ろしていた。
「だって、あまりにも違いすぎるじゃない」
「そう思ってるのはユーキだけだ。朱葵はおまえとの間に世界の違いなんて感じちゃいない」
「なんで分かるのよ」
「あいつが言ってたからだ」
「・・・・・・え?!」
* * *
クリスマス前日の、金曜日。午後6時。
樹はちょうど、家を出るところだった。
いつもなら午後9時ごろに出勤するのだが、クリスマス前のこの日、きっと店にはお客が押し寄せているだろうと思い、早くから出勤しようと思っていた。
愛車のベンツのドアを開けたとき、携帯が鳴った。着信は、朱葵だった。前に、「何かあったらいつでもかけてこい」と、朱葵に自分の番号を教えていたのだった。
「よお、朱葵か」
「樹さん、突然すいません」
「どうした? 何か分からないことでもあるのか」
「撮影は順調です」
「じゃあ、何だ?」
「あの・・・・・・」
と、言いにくそうにしていたところ、決心したように、言った。
「ユーキさんに、伝えてほしいことがあるんですけど」