16 2人の時間、その裏で
前回の裏話的な物語になってます。
「ねぇ、あたしはどんな風に朱葵くんに映ってる?」
「え?」
ユーキは気まずそうに言う。
「可愛いイメージじゃないって、言ったよね。じゃあ、どんなイメージなの?」
ユーキは、ずっと、気になっていた。
「フルムーン」で初めて会ったときの、あの言葉を。
――嬉しくないの?
――・・・・・・嬉しいですよ? すごく。
――ふ〜ん、そう。
あの、本性を見抜かれたような、一言を。
朱葵は、ゆっくりと話し始めた。
「初めてユーキさんと会ったときのことを覚えてる?」
ユーキは頷く。
「プロデューサーが『ユーキちゃんは華やかな子なんだよ』って言ってて、そうなんだって思ってた。でも実際ユーキさんを見たとき、華やかだけど、なんか影を背負ってるみたいな、そんな感じがした」
「影?」
「よくは分からないけど、華やかだけじゃないって。あのとき、ユーキさん、笑ってたでしょ。でも俺には・・・・・・」
朱葵はそのあとの言葉を飲んだ。けれどユーキがそれを促して、言った。
「失礼かもしれないけど、俺には、ユーキさんが本当に喜んでいるようには思えなかった。いや、喜んではいるんだけど、心の中では何とも思ってないみたいな。まるで、もうひとり心に住んでるような。って俺、適当なこと言ってるよね、ごめんなさい」
朱葵は黙ったまま俯いているユーキに気づくと、慌てて謝った。
「ユーキさん・・・・・・全部俺の勝手な思い込みだから、間違ってたら本当にごめんなさい」
ユーキは顔を起こすと、朱葵に笑顔で言った。
「ううん、全部本当のことよ。あたしも分かってる。そんなつもりじゃないのに、心の中では冷めた気持ちで見てるの。本性とでもいうのかな」
ユーキは朱葵に顔を近づける。
「でも、気づいたのは朱葵くんだけ。やっぱり演技やってる人には見抜かれちゃうのかもね。あたしにだって、区別がつかないのに」
朱葵はユーキの大きな瞳をじっと見つめていた。
「だから、秘密だよ」
ユーキはウインクをして、左手の人差し指を唇に立てた。
これは、ユーキが接客でお客を落とす計算のひとつだ。
だが、朱葵にはやっぱり通用しない。
「分かった」
朱葵はそう言って、笑う。
「ちぇっ」
ユーキは、朱葵のクールな顔をどうにかして崩したいと思った。
朱葵がたまに見せる少年のようなあの笑みを、ユーキは無意識のうちに、気に入っていたのかもしれない。
そのとき、朱葵の携帯電話が鳴った。
* * *
午後2時50分。
東堂雄一は、テレビ局に来ない朱葵を迎えに、朱葵の家へ向かっていた。
朱葵は普段、仕事の現場には電車で来る。車を使うのは嫌だ、と、朱葵が言ったのだ。
「そうは言ってもおまえ、顔も売れてきてるし、電車なんか乗ってたら囲まれるぞ」
「いいじゃん。俺も普通に電車使って仕事に行くよ。学生だってサラリーマンだって、みんな同じだよ」
それで結局は、東堂は朱葵の好きなようにさせたのだ・・・・・・が。
「ただし、遅刻はするなよ」
と言ったのを、朱葵は見事に裏切ってしまったのだった。
――こういうことがあるから迎えに行くって言ってるんだよ。
朱葵のマンションに着くと、エントランスで部屋の番号を押して、チャイムを鳴らす。
何度も鳴らして、返事がないので、今度は携帯にかける。
トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル
「もしもし」
「朱葵?! どこにいる!! 今おまえの家の前にいるが、中にいないのか?!」
なかなか答えない朱葵に、東堂は苛立つ。
すると、電話の向こうで、微かに声が聞こえた。
「恵比寿駅まで徒歩3分くらい」
それは、女性の声だった。
「恵比寿駅まで徒歩3分くらいのところです」
そのあとすぐに、朱葵が言う。
「じゃあ駅前で待ってろ。着いたらまた電話する」
そう言って電話を切ると、東堂は車を走らせた。
――まさか、女の家にいるのか?
東堂はそんなことをなんとなく思いながら、恵比寿駅へと向かった。
――ま、あとで聞けばいいか。
このあとに起こることの重大さを、東堂は、まだ、知らない。