樹と有紗2
夜の世界はとても華やかなところで、眩しくて、自分は永遠にこの中に入ることはないだろうと思っていた、と、有紗は話した。
「でも樹さんと会って、変わりたいって、初めて思えたんです。だからあたしは樹さんの傍にいくために、整形しました。そのままではダメだと思ったから。そのあと、樹さんには「ユーキ」っていう恋人がいるのを知って――。ユーキさんに宣戦布告したのは、そういう理由からです。すぐに、あたしじゃ敵わないって気づいたから、憧れの対象として2人を応援しようって、思ったけど」
有紗はいつの間にか樹の向かいに座っていて、瞳はまっすぐ、樹を捉えている。
だけど、この、何度も心を動かされそうになった瞳でさえも、作り変えられたもの。
そう思うと樹は、何だかとても悲しくて、同時に、悔しくなった。有紗が整形する前に気づけなかったこと。仕方がないのだけれど、それだけでは済まされない何かが、背中にひしひしと重圧をかけているような、そんな感じがした。
――俺に会うために、整形まで?
整形なんてする必要はなかったのに、と、言うこともできた。だけどそれを、樹は、言えなかった。有紗は、整形して、後悔なんてしていない。むしろ、そのおかげで今の人生があり、樹の恋人として噂されるまでになって、本当に、嬉しそうだったのだ。
「整形して、何が変わった?」
確かに写真の顔と、今は、全然違う。歳を重ねて成長した変化ではなくて、面影がどこにも見当たらない、別人の顔をしているのだ。
そうしてまで手に入れたものとは一体、何なのか。樹は、知りたかった。
「たくさんありますよ。顔なんて、当然ですけど。一番変わったのは、あたしの心」
「心?」
有紗は、バッグからタバコを取り出した。入店当時、樹が吸っているからという理由で手を出した、樹と同じ銘柄の、刺激の強いタバコ。今ではすっかり慣れて、タバコを吸う仕草も、24歳にしてはやけに大人びている。
「自信がついたんです。女として、キャバクラ嬢として、あたしは“ここ”にいていいんだって。前はいつも下を向いていたのが、胸を張っていられるようになったのは、容姿が変わったことで、気の持ち方も変わったからです」
と、有紗は言った。胸を張って。樹の目を、じっと見て。
「じゃあ、良かったんだ」
「もちろん。あたし、今の自分が大好きです」
「そう。それなら――」
それなら自分が気にすることもないのかもしれない。そもそも、有紗が勝手にやったことなのだから、樹は何も感じる必要さえなかったのだけれど。
――俺が、この子のペースに巻き込まれてる?
心の中のどこかで、ある感情が、ほんの少しだけ芽生え始めている。
だけど樹の心はまだ、固く閉ざされていて、有紗の入り込む隙は、見られない。
「さて、俺はそろそろフロアに行くわ。有紗ちゃんも、帰んな」
そう言って樹は立ち上がり、有紗を置いて「OWNER’S」を出る。
――そう。俺は何も変わってない。
これからだって、自分には結姫しかいない。たとえ結姫の傍にいられなくても、結姫への想いは変わらないし、他の誰かに傾くことだって、ない。
有紗が自分を好きでも。
心が有紗を受け入れ始めていると、気づいていたとしても。