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樹と有沙1 【番外編】

番外編をご覧になっていただき、ありがとうございます。

冒頭はユーキと朱葵の最後、海からの続きになっています。

 海からの帰り道。ユーキはバスで来たので、朱葵の車で病院まで送ってもらうことにした。いくら医師に頼んできたとはいえ、いい加減、愛を待たせ過ぎている。

「ちょっと朱葵くん、遅い!!」

「そんなこと言ったって、ここ国道だよ? さすがに法定速度は守らないと」

「いいのよ緊急なんだから。もう、あたしが運転する。代わって」

「え?」

 ユーキは強引に、国道の端に車を停めて、朱葵を運転席から追い出した。

「あたしのほうがドライバー歴長いんだから」

 そう言って、トラックの後ろに車をつける。

「ユーキさんブランクがあるじゃん」

「何よ、伊豆に行ったとき運転したでしょ」

「あれ2年以上前だよ!!」

 数十分前まではあんなに子供みたいだったのに、と、朱葵は溜め息をつき、笑う。世界がまるで変わってしまったように、ユーキも笑っていた。

「ねえ、どうして病院の場所が分かったの?」

 ふと、ユーキが尋ねる。そういえば不思議だったのだ。結姫が入院していることだって知らないはずなのに、ちゃんと花束を持って、結姫のところに来たこと。

「樹さんが、教えてくれたんだ。『フルムーン』に行ったとき、ユーキさんが辞めたことを知って、そしたら有紗さんが、連れて行ってくれた」

「有紗ちゃんが?」

「ユーキはここにいると思う、って、樹さんが教えてくれた。それが、お姉さんの病院だったんだ。初めはユーキさんが入院してるのかと思って、一応花を買って行ったんだけど」

 ユーキは、そうだったの、と頷く。

「樹、朱葵くんには言わないでって、言ったのに。朱葵くんに会って、情に流されたのね、まったく」

 ユーキは頬に空気を溜めて、むすっとした表情をする。朱葵はそれをちらりと見やって、笑った。

「ううん、違うよ。樹さんは初めから、俺に教えてくれるつもりだったんだと思う」

「どうして?」

 朱葵は、ユーキの視線を逸らすように、窓越しに海を見た。真っ暗闇の夜。時折、波が薄暗く光る。それはあの、「OWNER’S」の部屋のようだった。


 ――だって、あのメモ・・・・・・。



 *  *  *



「ユーキは、ここにいると思う」

 そう言って樹は、朱葵に、あるメモを渡した。2年前からずっと、スーツの内ポケットにしまい込んだままだったもの。結姫のいる病室を示した、殴り書きの住所。

 どこにいるかは知らないけれど、きっとユーキは、結姫に会いに行くはず。それがちょうど朱葵の訪問と重なったら、それは運命なのかもしれないと、思っていた。

「運命、ね。俺には関係ないものだな」

 もし、樹に運命の出会いがあったとしたら、それは、結姫に初めて会ったときだ。懐かしく淡い、思い出。それももう、捨て去らなければならない。


 ――だって結姫は・・・・・・。


「良かったんですか? 青山朱葵を行かせて」

 と、有紗がガラス扉の向こうで、言った。

「有紗ちゃん」

 有紗は扉を開けた。オーナーの樹、専用の部屋。有紗は何の躊躇いもなく、部屋に入る。

「いつからいたの?」

「『俺も、ユーキには2年間会ってない』からです」

 すると樹は、タバコを咥えたまま笑った。

「やっぱりタイミングがいい」 

 口元が緩み、タバコは軽く、持ち上がる。

「・・・・・・いいんですか? ユーキさんは、朱葵さんには内緒にしてほしかったんじゃないですか?」

「聞いてた?」

「いえ、あたしの推測です。朱葵さん、ユーキさんと樹さんが結婚するって、言ってました。それって、ユーキさんが嘘をついたんじゃないですか? それならユーキさんは、樹さんから嘘がばれないように、口止めするはず。単純に、そう思っただけです」

 と、有紗は、当然のように返した。

「鋭いね。さすがユーキを超えた女の子」

 樹はタバコを揉み消して、ソファの端に肘をかける。足を組んで、溜め息を吐き出す。

「あたしなんて、まだまだです。ユーキさんはもっと、凄かった。何て言ったらいいか、分からないけど」

「・・・・・・有紗ちゃんはさ、何でこの世界に入ったの?」

「え?」

 足を解き、タバコを探る。

「ユーキに聞いたけどさ、面接に来た3人のうちひとりだけ、ユーキのことを知らなくて、なのにその場で新人指導をお願いしたんだって? 俺も初めて有紗ちゃんを紹介されたときは、少し驚いたよ。おとなしそうで、どちらかといえば人との関わりが下手な、そんな印象だった」

 樹はそのときを思い出し、くっ、と、声に出して、笑う。

「・・・・・・あたし、ユーキさんのこと、知ってました。顔は知らなかったから、あのときは、この人がユーキさんなのかって思って、声が出せなかっただけです」

 有紗の口調が変わる。さっきまではいつもの、ミャアミャアと樹に懐く子猫のような甘い声で、話していたのに。

「有紗ちゃん?」

 どうしたの、と、樹は言葉に出せなかった。有紗が急に思い詰めた顔をして、話し出したのだ。

「ユーキさんに指導をお願いしたのは、あたしなりの、宣戦布告です」

 宣戦布告? と、樹は声に出す。

「樹さん、あたしが樹さんに初めて会ったのは、キャバクラ嬢としてなんかじゃない。あたしはもっと前に、樹さんと会ってるんです」

 樹が何か言う前に、有紗はスッ、と、ハンドバッグから1枚の紙を取り出した。いつもバッグに入れているのか、それは樹が朱葵に渡したメモのようにしわしわでくたくたで、少し、色褪せていた。

「写真・・・・・・?」

 樹はそれを手にして、じっと、見る。過去に彼女と写真でも撮ったことがあるのだろうか。そう思ってみたけれど、そこに写っていたのはひとりだけ。しかも、女の姿だった。

「この写真が、俺と関係ある?」

 見たことがあるような気もする。だけど記憶力の良い樹でも、はっきりとそうは言い切れない。


 ――美人だったら覚えてるんだけどな。


 もしこれが有紗ほどの女だったら、きっと覚えているはず。樹は写真を有紗に返した。

「ごめん。このひとのこと、俺は分からない」

「覚えてませんか? そうですよね」

 有紗は写真を受け取ると、それをまた、バッグの中にしまった。

「お客でも、なんでもないんだもの。たった1回の出会いを、いくら樹さんでも覚えてるわけない。分かってました」

「・・・・・・どういうこと?」

 樹は考える。頭の回転は記憶力よりも優れている。なのに、有紗の言っていることが、どうしても、理解できない。

 いや、理解するのを、拒んでいる?

「この姿で、あたしは、樹さんに助けてもらったことがあります。歌舞伎町のゲートの前で、ホストに捕まっているあたしを、樹さんが声を掛けてくれました」

 そんなこと、あっただろうか。いや、実は、結構していた。そうして助けた女たちは、ほとんどが樹の指名客になっていた。

「待って。『この姿で』って、何?」

 樹の問いに、有紗はコクンと息を鳴らして、呑み込んだ。長年待ちわびて、ようやく伝えられる。そんな決心が込められた言葉を、有紗はすう、と息を吸い込み、吐いた。

「あたし、整形したんです」





 

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