表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/172

159 幸せの行き先3 〈完〉

「ねぇ、どうしたらいいの? 教えて。あたしは、どっちかひとつを選ぶことなんてできないの。朱葵くんが決めて。かつて、あたしがそうしたように」

 それは、ユーキが自分の幸せを捨てて、朱葵の幸せを選んだことを差していた。つまり、朱葵にも2年前のユーキのように、ユーキにどちらかを残してほしい、というのだ。選ぶことなく、自分にはそれしかないのだと、思えるように。

「ユーキさん。俺は、決めないよ。俺はユーキさんをここに残していかないし、ここからユーキさんを攫っていくこともしない」

「どうして?! あたしに決めろっていうの? 無理よ、そんなの。あたしはどっちも大切なの。どちらかひとつを犠牲にするなんて、できない!!」

 ユーキはついに、その場にしゃがみ込んだ。

 うっ、ううっ、と、ユーキは声を殺しきれずに泣いている。これが“あの”、夜の世界に名を知らしめた「ユーキ」だろうか。駄々っ子でも我が儘でもないユーキが、駄々っ子のように、我が儘な子のように、泣いていた。

「ユーキさん」

 朱葵はユーキの前に立つと、スッと、自分も砂浜に膝をついた。そしてユーキの体ごと全部、包み込むようにして、抱き締めた。

「ユーキさん。一番大切なものを決める必要なんてないんだよ。どちらかひとつを犠牲にする必要だってない。だってあなたは、どっちも手にすることができるんだ」

「・・・・・・え?」

 朱葵がぎゅうっと力を込めるので、ユーキは、顔を上げることができない。胸元についた額がこすれるだけ。

「今のユーキさんがするべきことは、一生懸命勉強して、医大を卒業すること。ほら、簡単なことでしょ?」

 ポンポン、とユーキの背中を優しく叩きながら、朱葵は言った。

「それじゃあ、朱葵くんを忘れろ、ってこと?」

 ユーキはいつの間にか涙を流すことを止めていた。朱葵のシャツはまだ染みていたけど、ユーキの頬に流れた涙は、薄っすらと乾き始めていた。

 そんなユーキの頬に、音のない平手打ちが飛ぶ。

「分かってないのはユーキさんのほうだね。勉強に集中しすぎて俺のこと忘れられちゃ困るよ」

 そう言って今度は、ユーキの瞳をじっと見た。

「ずっと俺のことを想っててほしいって、いうわけじゃないんだ。毎日の勉強の中で、時々は俺のこと思い出してくれたら、それでいいんだ」

 朱葵は照れくさそうに笑みをつくって、言った。

「それで大学を卒業して、医者になる夢を叶えたら――。そのときは、俺のところに来てほしい。俺の傍で、医者として働きながら、一緒に幸せになれたらな、なんて、思ってるんだけど」


 そして朱葵は、もう一度ユーキを抱き締める。


「皮肉にも、だけど、別れたから気づいたんだ。一度別れて、夢を追って、夢を現実に掴んで。そのあとこうしてユーキさんに会いに来たから、分かったんだよ。どっちも大切なら、どっちも大切にしていけばいいんだって。後回しにしてもいいんだ。それを大切に想う気持ちが変わらずにあるなら。ひとつずつ、形にしていこうよ」





「俺、待ってるから。だから大丈夫だよ、ユーキさん」



 *  *  *



 28歳になった朱葵。主演する映画が外国映画賞にノミネートされ、世界の衛星放送で、会見を開いている。

「この映画の話が来たとき、どう思いましたか?」

 朱葵は、マイクを取り上げた。

「この作品に巡り合えたのは運命だな、と。主人公は僕と同じ境遇にいましたから。だけど主人公の持つ孤独感を演じるのは、とても大変でした」

「どんなところが大変だったんですか? 青山さんも、失礼ですが、この主人公のように施設を出られていますよね。彼の持つ孤独とは、どこか通じるものがあったんじゃないですか?」

 すると、朱葵は不思議に笑みを浮かべて、言った。

「以前の自分なら、何も考えなくても彼になることはできたんじゃないかと思います。でも今は・・・・・・彼と正反対なんです。僕はもう孤独じゃないし、幸せだから、彼を演じることは、本当に難しいことだった。そういった点で、さらに成長できたんじゃないかなと、思っています」

「え、それって・・・・・・」







 




 一方、それが生中継されている日本。



 の、東京。



 の、都内にある病院。



「あ〜あ、とうとう言っちゃった。これから大変だわ」

 と、白衣姿のユーキはテレビを見ながら笑っている。

「今日言うって言ってたんでしょ」

「それがね、突然『1ヶ月後に世界中に公表するから!!』って言ったのよ。信じられない。それが、5年振りに会ったばかりの恋人に言う台詞?」

「本当は嬉しいくせに。光姫ったら」

「うん。本当はね、すごく嬉しい」





 

 




 再び、会見会場。



「青山さん、お付き合いしている方がいらっしゃるんですか?!」

「はい」

「えぇっ?!」

 日本のマスコミは一斉に驚き、それ以外の、通訳を必要とする国のマスコミたちは、ひとつ遅れて拍手をし出した。

「どういう経緯でお付き合いをされたんですか?」

「出会ったのは8年前で、僕がこういう仕事をしているから、世界の差だとか肩書きのことだとか、いろいろあったけど、最後は僕の傍に来てくれました」










 再び、日本の東京の都内にある病院。



「映画の会見なのに全然違う話になってるわね」

「朱葵くん、しゃべり過ぎじゃない? そのうちキャバクラ嬢だった、とか話さないわよね。嫌だ、帰ってきたら怒ってやる。夕飯抜きよ!!」

「もう、一緒に暮らし始めたばっかりなんでしょ」










 そして、最後の質問。



「その方とご結婚はされるんですか?!」

 会場は後半、朱葵の恋人についての質問で持ち切りだった。外国人リポーターもそのうち、愛について、をテーマに質問を繰り返すようになっていた。

 その、最後を締めくくる、言葉。

「日本に帰ったら、すぐ、結婚します」









 ユーキは驚いて、怒った。

「何考えてるの!!」

「いいじゃない。世界中見ている中でプロポーズよ」

「嫌!! もう、嫌!!」

「・・・・・・本当は嬉しいんでしょ?」






「うん。本当はね、すごく嬉しい。あたし、すごく幸せなの」











【END】

長い間ご愛読いただきまして、本当にありがとうございました!!

私自身、まだ完結を迎えた実感というのがないので、ここで今語ることも思い浮かばないんですが、ラストは本当に悩んで、いろいろな終わりを考えていました。だけどやっぱり最後までいつものスタンスでいくのが一番かなと思い、思いつきで書くことにしました。

納得できない!!という苦情はご遠慮いただけると嬉しいのですが、皆様のご意見ご感想、ぜひお聞かせください。


さて、明日からは番外編です。

とりあえず明日の予告ですが、気になっている方もいるでしょうか?

「樹と有紗」編です!!

お楽しみに!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ